日本は、原則として銃を簡単に所持することができないルールだ。ピストル所持に関する規制は厳しく、エアライフルやハンドライフルで一定以上の成績を収め、日本ライフル射撃協会を通じて、日本体育協会の推薦状を受けなければならない。エアピストルに関しては500名、装薬銃にいたっては50名しか、所持が許可される枠がないという。つまり、ピストル射撃は、非常に限られた中から選ばれた代表が、競技場で引き金をじっと握り、集中力を高めて標的を射抜くスポーツということだ。日本は1988年ソウル五輪25mスポーツピストルで、長谷川智子選手が銀メダルを獲得して以来、メダルから遠ざかっている。地元開催の東京五輪で32年ぶりにメダルを獲得できるのか、大きな期待が集まっている。
長い歴史を持つピストル射撃
そもそも射撃スポーツの始まりは、15〜16世紀のヨーロッパまで遡る。銃器の発達とともに射劇競技は始まったとされており、1896年の第1回アテネ五輪から正式種目として、今日まで競われてきた。参加国数は陸上競技についで多く、ピストル射撃は歴史のある競技なのだ。
集中力が試されるメンタルスポーツ
ピストル射撃とは、ピストルやエアピストルを使い、固定された標的に向かって弾を発射する競技だ。銃の種類、射距離、姿勢、弾数などは、種目によって異なり、撃ち抜く標的の場所によって得点が変わってくる。標的の中央に着弾すると最も点数が高くなる。ピストルそのものが持つ「迫力」が魅力のひとつだが、とてつもない集中力と、その持続性、射撃の正確性が、選手に要求されていることにも注目してほしい。なかには2日間に分かれて長時間行われる種目もあり、前日からの劇的な逆転劇も見られるという。メンタルの強さが勝敗を決するスポーツなのだ。
ピストル射撃のルール
ピストル競技は、立った状態で片手に銃を持つ「立射片手射」で行われる。種目によって標的への距離が25m、10mといった具合に異なり、標的の大きさも、「25mピストル」が直径50cm、「10mエアピストル」が直径15.55cmと、種目で変わる。標的には同心円が等間隔で描かれており、撃ち抜いた場所で点数が異なる。中心が10点で、中心から遠くなると1点ずつ点数は低くなる。オリンピックでは、男子が「25mラピッドファイアピストル」「10mエアピストル」。女子が「25mピストル」「10mエアピストル」、そして「男女混合10mエアピストル」が採用されている。
ピストル男子:25mラピッドファイアピストル
標的への射距離は25m。前半と後半の2日間(2ステージ)で30発ずつ撃ち、計60弾の合計点数を競う。1ステージは6つのシリーズに分かれており、8秒射で5発を2シリーズ、6秒射で5発を2シリーズ、4秒射で5発を2シリーズと弾数と時間が決まっている。例えば、8秒射5発であれば、8秒という短い間に5発の射撃を5つの標的に行う。連射はオート機能ではなく、自ら引き金を引く。
予選から成績上位者6名が決勝に進み、予選での点数を加えた合計点で勝敗が決まる。1日目のステージが終わった時点で各選手の得点が発表されるため、高得点の選手は2日目にリードを守れるのかが勝負となる。また、1日目に出遅れた選手でも、2日目次第で挽回が可能だ。
ピストル男子:10mエアピストル
エアピストルとは、空気や不燃性ガスを用いて弾を発射する拳銃のこと。この種目では1時間15分という時間のなかで10m先の標的を狙い、10発を1シリーズとして、6シリーズ合計60弾の合計点を競う。その後、予選の上位8名が決勝に進出し、選手は250秒で5発を2回撃つ。さらに50秒で1発ずつ射撃し、12発目を打ち終わった段階での最下位の選手が脱落。これ以降、2発ずつ勝ち残り形式で勝敗を決める。
ピストル女子:25mピストル
5発を1シリーズとして、前半で「精密射撃」を6シリーズ、後半で「速射射撃」を6シリーズ、合計12シリーズで展開されるピストル女子25m。精密射撃とは、5分間に5発を撃ち、その正確性を競うもの。対して速射射撃は「7秒赤ランプ」と「3秒緑ランプ」が繰り返し5回点灯するなか行われる。インターバル7秒毎に繰り返される「3秒緑ランプ」。それが点灯しているわずかな間にピストルを一発毎打ち込むという展開の速さが特徴だ。「精密射撃」と「速射射撃」という2つの射撃が行われるこの競技では、選手の得意不得意がものをいう。前半の精密射撃で点数を稼ぐか、それとも後半で逆転を狙うかなど選手それぞれの戦略も見どころだ。
ピストル女子:10mエアピストル
10m先の標的を狙うエアピストルの競技時間は1時間15分。1シリーズを10発とし、合計6シリーズ、計60発を撃った点数を競う。その後、予選の上位8名が決勝に進出し、選手は250秒で5発を2回撃つ。さらに50秒で1発ずつ射撃し、12発目を打ち終わった段階での最下位の選手が脱落。これ以降、2発ずつ勝ち残り形式で勝敗を決める。
男女混合:10mエアピストル
男女混合10mエアピストルは、2020年東京五輪で新設される種目だ。男女1名ずつの2名がチームとなって行われ、射的までの距離は10m。男子40発、女子40発の合計80発を射撃する。10発を1シリーズとして、合計60発の合計得点で順位を決定。予選で5チーム10名に絞られたあとは、チームで交互に5分間5発撃ち抜くシリーズを3回行う。これ以降、60秒以内に1チーム2発ずつ撃ち、2回ごとに最下位のチームが脱落していく。この種目も勝ち残り方式だ。
警官や自衛隊出身者がメダリスト
日本人選手がピストル射撃で初めてメダルを獲得したのは、1960年のローマ五輪。フリーピストル60発(50mピストル男子)で吉川貴久が銅メダルを手にした。金メダルを初めて獲得したのは1984年ロサンゼルス五輪。蒲池猛夫が25mラピッドファイアピストルで金メダルを首にかけた。蒲池は自衛隊入隊後に射撃の才能を開花させた。1988年ソウル五輪では、長谷川智子が、25mスポーツピストルで銀メダルを獲得。当時、彼女は大阪府警に所属していた。このようにピストル射撃の選手は、日頃から訓練が課される警官や自衛隊員が多いのが特徴のひとつだろう。
元フィギュア選手も挑戦。誰が代表の座を射止めるのか
東京五輪に向けて鍛錬を積むピストル選手の多くはやはり現職警官だ。2018年夏に日本ライフル射撃協会が主催するピストル射撃競技のブルガリア合宿に参加した財津美加巡査長は、別府署交通課所属の警察官だ。彼女が射撃を始めたのは大分県警察学校で訓練を始めた2011年。日頃の練習で才能を開花させ、県内では女性で2人だけの特別訓練員に選ばれた上に、全国警察射撃競技大会の女性警察官部門で優勝し、初代女王の座に着いた。ナショナルチーム候補者も所属するジュニア育成アスリートU-39に指定され、現在、日本代表チーム入りを目指している。
男子ピストル種目で五輪3大会連続出場中の松田知幸も神奈川県警に所属している。彼は、昨夏にジャカルタで開催されたアジア大会の男子エアピストルで銀メダルを獲得した。2019年11月の世界ランキングで20位以内であることが日本代表入りの条件だが、2月に始まるISSFワールドカップニューデリー大会の上位に入れば、出場枠獲得の可能性が高い。また、リオデジャネイロ五輪25mラピッドファイアピストルで22位という成績に終わった宮城県警の秋山輝吉も2大会連続の出場を目指して日々練習に励んでいる。
フィギュアスケートからピストル種目へ競技転向した異色の選手もいる。エアピストルの上田ゆいだ。彼女は元フィギュアスケート選手。5歳でスケートを始めるも、中学3年生の夏に射撃選手へ転向した。2015年アジア・エアガン選手権9位、2016年から全国学生・生徒エアピストル競技大会、JOCジュニアオリンピックカップで2連覇。東京五輪への出場を目指して、日々鍛錬を続けている。
ピストル射撃3連覇の韓国、メダル常連の中国など、アジアのライバルに負けるな
長谷川智子がソウル五輪で銀メダルを獲得して以来、ピストル射撃で日本はメダルを獲得できていない。強豪ひしめく中、東京五輪で最も警戒しなければならないのが、韓国の秦鍾午(チン・ジョンオ)選手だろう。2008年北京五輪50mピストル金メダル、10mエアピストル銀メダル。2012年ロンドン五輪10mエアピストル、50mピストルの2種目で金メダル。リオデジャネイロ五輪50mピストルで金メダルを獲得。五輪史上初となるピストル3連覇という輝かしい記録を打ち立てた。リオデジャネイロ五輪の韓国選手団解団式で、すでに東京五輪出場の意向を表明している。また、リオデジャネイロ五輪では、10mエアピストル金メダル、50mピストル銀メダルを獲得し、ベトナムに初めて金メダルをもたらしたホアン・スアン・ビンが話題となったほか、女子10mエアピストルは2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪、2016年リオデジャネイロ五輪と中国選手が金メダルを獲得している。こうしたアジアのライバルたちに打ち勝たないとメダルは望めない。
ピストル射撃は1発ごとに順位が入れ替わる、スリリングな展開が魅力のスポーツだ。東京五輪で32年ぶりのメダル獲得という夢を叶えるには、射撃技術の正確性だけでなく、メンタルの強さ、一糸乱れぬ集中力が鍵となるだろう。日本は東京五輪に照準を合わせ、射撃選手の若手育成に力を入れてきた。五輪出場経験のあるベテランとともに、アジアのライバルに負けない戦いで、32年ぶりのメダル獲得にチャレンジだ。