己の体ひとつを武器に技を掛け合うレスリングは、見る側を興奮させる競技のひとつだろう。古代オリンピックにおいても、主要競技のひとつだったレスリングは、人類最古の格闘技とされている。その起源は古代ギリシア時代にまで遡り、紀元前3000年には、すでに競技として成立していたとも言われる。
日本は戦後まもない時代から、世界の中でも強豪国としての地位を獲得していた。現在、男子は女子と比較すると、実力と注目度がいまひとつ後れを取っている感があるが、2020年東京五輪に向けて、新星が続々と誕生している。2018年の全日本選手権を皮切りに、代表選考が本格化するので、これからさらに注目を集めそうだ。レスリング男子フリースタイルと言えば、1964年東京五輪のメダルラッシュで、日本中が歓喜に包まれたことが思い出される。2020年も、その再来が期待されている。
スピーディーな展開が魅力
男子レスリングの種目は「フリースタイル」と「グレコローマン」の2種類がある(女子はフリースタイルのみ)。フリースタイルが全身を使った攻防戦であるのに対し、グレコローマンは上半身に限られ、腰から下を攻撃することは禁止されている。このため、フリースタイルがタックル中心で、相手を転ばせ、ねじ伏せる試合展開になることが多いのに対して、グレコローマンは投げ技を駆使することが多くなる。
1ピリオドは3分で、試合は2ピリオド(ピリオド間のインターバルは30秒)行う。相手の両肩を1秒間マットにつけるフォール、ポイント差が10点になるテクニカルフォール、警告3回などで失格すると、試合の勝敗が決まる。ポイントが付くのは、相手を場外に追い出す、相手の背後に回って両手・両ひざの4点のうち3点をマットにつかせたり、相手に尻もちをつかせて背中をマットに向けさせたりするテークダウン、グラウンドの攻防で相手をデンジャーポジションに追い込む、グラウンドで相手の胴を絞めて1回転するローリング、相手を投げて、一瞬でもデンジャーポジションの体勢に追い込むなどがある。
パンチ、キック、首を絞める、噛みつく、頭突き、髪の毛をつかむ、皮膚をつねる、手の指をひねる、腕を90度以上に極める関節攻撃は反則行為となる。
かつての10階級から6階級へ
2016年リオデジャネイロ五輪から、57キロ級、65キロ級、74キロ級、86キロ級、97キロ級、125キロ級の6階級で試合は行われている。2020年東京五輪もこの区分で行われることが決まった。当初5~7階級で行われていたが、戦後8階級に増え、一時期はライトフライ級、フライ級、バンダム級、フェザー級、ライト級、ウェルター級、ミドル級、ライトヘビー級、ヘビー級、スーパーヘビー級と、最大10階級で行われていたこともあった。2000年代になって階級は整理された。現行の6階級は、軽い順に、かつてのバンダム級、ライト級、ウェルター級、ミドル級、ヘビー級、スーパーヘビー級に相当する。
屈強な欧米選手に負けない日本
日本が男子フリースタイルでこれまでに獲得したメダルは、金17、銀11、銅12の計40個。1位のアメリカは112個(うち金50)と、他国を寄せつけない圧倒的な強さを誇っている。2位はソ連・ロシアの90個(うち金47個)。メダル総数で日本は3位につけている。金メダル数では3位がトルコ(金18個、総個数39)。このほか、スウェーデン、フィンランド、ブルガリア、イラン、韓国、スイスが強豪国に名を連ねている。そして、近年ではキューバやアゼルバイジャンなども伸びてきている。2020年東京五輪レスリング男子フリースタイルの出場枠は各階級16選手の計96選手。2016年リオデジャネイロ五輪は各階級19名の計114選手だった。人数が削減されており、初戦からハイレベルな試合となりそうだ。
選手では、2016年リオデジャネイロ五輪の74キロ級で金メダルに輝いたハッサン・ヤズダニ(イラン)は階級を上げており、東京五輪で金メダルが取れるかに注目が集まる。このほか、2014年から世界選手権、オリンピックと3連勝中の86キロ級アブドゥルラシド・ザドゥラエフ(ロシア)も東京五輪での活躍が期待されている。
戦後まもない時期から大活躍
日本が第2次世界大戦後に初めて参加した1952年ヘルシンキ五輪で、レスリング日本代表は、バンダム級の石井庄八がいきなり金メダルを獲得。敗戦に打ちひしがれていた国民を、大きく勇気づけ、石井は国民的英雄としてたたえられた。続く1956年メルボルン五輪では、フェザー級の笹原正三とウェルター級の池田三男が金メダルを獲得し、日本レスリングの実力が本物であることを証明した。
地元開催となった1964年東京五輪で、レスリング男子は金メダルを量産。フライ級の吉田義勝が、当時世界最強といわれたソ連のアリ・アリエフを倒して金メダル。続いて、その強さを「アニマル」、技の正確さを「スイス・ウォッチ」と評された、フェザー級の渡辺長武は、周囲の期待どおりに金メダルを獲得した。世界選手権と合わせ、3年連続世界一の偉業を達成しただけでなく、この間に「186連勝」もマークして、ギネスブックにも掲載された。さらに、当時アメリカに留学していたことから「東京五輪の秘密兵器」と呼ばれたバンダム級の上武洋次郎が、アメリカ仕込みのスピーディーな技で、日本勢3個目となる金メダルを獲得。上武は翌1968年のメキシコ五輪で連覇を遂げた。戦後まもない時期に先人たちが築いた基盤の上に、今のレスリング大国・日本はあるのだ。
最近では、2012年ロンドン五輪66キロ級で、「死のブロック」と言われた厳しい組み合わせを物ともせずに、米満達弘が金メダルを獲得。日本男子レスリングに、1988年ソウル五輪以来、6大会ぶりの金メダルをもたらした。これは日本のオリンピック史上、夏季通算400個目のメダルであり、金メダルとしては通算130個目になるメモリアルなメダルでもあった。
全日本選手権を制した乙黒拓斗、高橋侑希、松本篤史に注目
2018年の世界選手権では、65キロ級の乙黒拓斗が優勝、57キロ級の高橋侑希と92キロ級の松本篤史も好成績を残した。世界選手権で注目されていたのは、連覇がかかった高橋選手だったが、それ以上に関係者を驚かせたのが、初出場にして、19歳10カ月という日本男子最年少世界王者になった乙黒だった。スピードと強さを兼ね備え、タックルを連発して相手に余裕を与えず、世界の強豪を次々と圧倒した。タックルを何度つぶされても、意に介さず、かぶりついていく豪快な戦いぶりに、「東京五輪で金メダルを取れる実力がある」と、周囲は太鼓判を押す。
乙黒は小学生時代から注目され、中学進学と同時に、JOCエリートアカデミーに入った。高校総体で3連覇を達成し、山梨学院大に進学。しばらく故障に苦しんだが、ようやく芽が出てきた。見た目は「草食系男子」で、アイドル好きというギャップもまた、人気が出そうなポイントかもしれない。
東京五輪の日本代表になるには、2019年カザフスタンで開催される世界選手権で、メダルを獲得する必要がある。この世界選手権に出場するためには、12月の全日本選手権で優勝しなければならない。男子フリースタイル65kg級に出場した乙黒は、決勝でアジア大会2位の高谷大地をわずか33秒、10-0のテクニカルフォールで下し、初優勝を果たすとともに、20歳での天皇杯受賞は大会史上最年少となった。また、高橋は逆転勝ちで3連覇を決め、松本も92kg級で優勝するなど、3人は揃って全日本選手権を制覇し、2019年世界選手権の切符を手にした。五輪出場を懸けた競争がいよいよ本格化する。正念場の1年が始まった。