どうしてだろう。涙が止まらない。
彼女の挑戦する姿にも、そしてその勇姿にリスペクトする友情にも。
今日(2月15日)行なわれた、北京2022スノーボード女子ビッグエア決勝に出場した**岩渕麗楽**は、並々ならぬ想いで、北京の街を見下ろしていた。
高さおよそ50mもあるスタート地点から、急斜面を勢いよく滑り降り、キッカーと呼ばれるジャンプ台から空に向かって高く舞い上がると、躍動感たっぷりのトリックをエアで披露し、その難易度や出来栄えのスコアで競技するビッグエアは、とにかく迫力満点のスポーツだ。
4年前の平昌2018初出場につづき、北京2022は岩渕にとって2度目のオリンピック。
また前回大会と同様、スロープスタイルとビッグエアの2種目で日本代表に選出された。
得意とするビッグエアで、平昌2018では4位に終わり、あと一歩のところで表彰台を逃していた。
だから、意気込みが違った。
有名トレーナーの指導の下、肉体改造に取り組み、4年というオリンピックサイクルをかけて、「今度こそメダルを」と、並々ならぬ想いで周到に準備していた。
昨日(2月14日)の予選を3位で通過し、岩渕はその進化した強さを見せつけていた。
「(予選は)いい感じでした。今でも、充実した気分です。最後のランは決勝に向けてチャレンジしましたけれど、いい感触をつかめています」
数々の国際大会でも表彰台に上り、海外メディアのインタビューにも、流暢な英語で回答する岩渕は、決勝のために用意している秘策を少し匂わせているようだった。
そして迎えた決勝の北京の朝。
ビッグエアでは、各選手は3回のラン(滑走)ができ、そのうち上位2つのベストスコアの合計で成績が決まる。さらに、決勝の最終ランの出番は、1本目と2本目の合計で暫定的に決まった順位のリバースオーダーで行なわれるため、勝負の行方が最後の最後まで予測不可能なのだ。とにかく、ドラマ性が「ビタビタ」で、目が離せない。
1本目、岩渕はフロントサイドダブルコーク1080をクリーンに決めて、83.75をマークし、暫定4位につける。納得の表情だ。
2本目、今度はバックサイドダブルコーク1080を、着地まで「ビッタビタ」に決めて、82.25を記録する。これにより、2本のスコア合計は166.00で順位は4位とメダル圏内を維持した。
いよいよ、運命の最終ラン。
岩渕は、最終から4番目に滑走。これまでの成績に基づくリバースオーダーのため、段々とメダル候補者が絞られていく。全ての選手がこの最終ランで果敢に攻めるも、表彰台に必要なスコアに届かない。
そして、岩渕の出番。
眼下には、情緒的な北京の水風景が広がり、たくさんの国旗が揺れている。麓は風が強いのか。
岩渕は、意を決して、勢いよく急斜面を滑り出す。
そして、晴れ渡る青空に向かう空中で繰り出したのは、3回転のトリプルアンダーフリップ。
女子では、高難度のトリックだ。
「おぉー」と、大きな歓声と拍手が沸き起こる。
しかし、岩渕はバランスを崩して、着地に失敗。頭を抱えた。
岩渕は、悔しそうな表情で、ボードを外し、ヘルメットを脱いだ。
方方からの拍手と悲鳴が鳴り止まない。
すると、ライバルだったはずの選手たちが、岩渕のもとに駆け寄る。
岩渕も走り出す。
そして、彼女の果敢にチャレンジする姿を称え、互いに抱き合った。
岩渕のスコアは、それまでのスコアを上回ることができず、その時点で4位が確定し、前回オリンピックと同じ順位で4位入賞が決まった。
観客席の大きな拍手に手を振って応え、岩渕は笑顔で、かつ早足で自分のボードとヘルメットを拾って、その場を去った。
なぜなら、50mの高さのスタート台には、3名の後続選手が控えているから。
彼女は、自分がメダル候補でなくなったとしても、戦い続ける仲間へのリスペクトを忘れていないのだ。
岩渕こそ、メダルよりも輝く真のアスリートなのだ。
「今日4位で、平昌の時も4位。悔しいです」
海外メディアのインタビューに、岩渕は正直な気持ちを吐露した。
「結果には満足していませんが、トリプルに挑戦したことはよかったです」
「この場所で競技することは、とても楽しかったです。オリンピックは、私にとって特別なので。最後のランで、着地を決められなかったのは悔しいですけど、ここに立っていることは幸せです」
岩渕への賛辞は、海外選手からも届いている。
このビッグエアで逆転勝利の金メダルに輝いたアンナ・ガッサー(オーストリア)は、岩渕のパフォーマンスを、50m上のスタート地点から見ていたと言う。
「すごかったです。私と同じように、あの場所にいた全員が叫んでいました。彼女の挑戦する姿に、心を動かされました。たとえ私の順位が下がったとしても、クリーンに着地してほしいって願っていました」
「そのくらい、麗楽のチャレンジする姿はインスパイアされるものでした」
「彼女は、メダル以上のものを手にしていると思います」
「他の安全策で、表彰台も狙えたはずです。だけど、彼女は誰も挑戦していないトリックを選んだ。みんな、その姿にリスペクトしています」
同じく、この種目で銀メダルに輝いたゾイ・サドウスキー=シノット(ニュージーランド)も、岩渕の挑戦を上から見ていたひとりだ。
「(岩渕のパフォーマンスについて)やばかったです。(着地も)あと少しだった。(成功していれば)間違いなく、私の結果も変わっていたはず」
そういえば、昨夏の東京2020で、新種目として行なわれた女子スケートボードでも、同様の光景があったことを思い出した。
岡本碧優が果敢に攻めるも、最後の場面で転倒してしまい、惜しくもメダル獲得を逃してしまう。項垂れていた彼女を待っていたのは、リスクを背負ってでもチャンレンジする姿をリスペクトするライバル選手たちの友情だった。
最後まで挑戦する気持ち。
そして、共に戦う仲間へのリスペクトと友情。
岩渕が残した功績は、大きい。
挑戦も、失敗も、勝利も、みんなで共に。
#StrongerTogether