【パリ2024の新しいこと】アーティスティックスイミング、採点方法の変更点は?
ベースマーク、難易度…それらが与える影響は? 近年変更が加えられ、パリ2024オリンピックでも適用されるアーティスティックスイミングの採点方法を紹介しよう。
これまで以上にファンを魅了する展開となることが予想されるパリ2024オリンピックのアーティスティックスイミング(AS)競技。その理由は、ASの競技レベルが一層の高まりを見せているからだけでなく、革命が起きているからだ。
7月26日に開会式を迎えるパリ2024オリンピックのASでは以下の点が、前回の東京大会から変更となる。
- チーム種目にアクロバティック・ルーティン(AR)が追加された
- チーム種目では男子選手が最大2人参加できる
- パリ2024では近年新しくなった採点方法で実施される
ARや男子選手に関する情報は別の記事に譲るとして、ここでは採点方法についてみていきたい。この採点方法は、2023年の世界選手権福岡大会ですでに採用されており、結果に大きな影響を与えている。
2月2日〜18日の日程で開催されている2024年の世界水泳ドーハ大会では、ARで表彰台に立った中華人民共和国代表チーム、ウクライナ代表チーム、アメリカ合衆国チームは「ベースマーク」を受けることはなく、予選を3位で通過していたメキシコ代表チームは決勝でベースマークが与えられ、10位に終わった。
では、ベースマークとは何なのか? それが全体の結果にどんな影響を及ぼすのか?
Olympics.comでは、新しい採点方法やそれがASにとって革命的である理由を掘り下げ、さらには米国代表チームのアンドレア・フエンテスコーチ、メキシコ代表キャプテンのヌリア・ディオスダド、スペイン代表チームの藤木麻祐子コーチなど、ASのキーパーソンたちの意見を聞いた。
アーティスティックスイミング、新しい採点方法とは?
ベースマークと難易度
ASの新たな採点システムでは、ルーティンの評価基準が主に2つある。
- 完遂度(エクセキューション)
- 芸術性(アーティスティックインプレッション)
どちらも、得点に与える影響という点ではほとんど同じ重要性を持つ。予選の最終得点は持ち越されなくなり、コーチはルーティンの詳細、水中で行われるすべての要素、そして実行する要素を記したコーチカード(難易度カード)を審査員に渡すことが義務づけられた。
それぞれの要素は数値化された難易度が定められており、コーチカードにはDD(degree of difficulty=事前に申告された難易度)と呼ばれる詳細が記載されている。
エレメントが遂行されたかを確認するテクニカルコントローラーが審査パネルに新たに加わり、コーチカードに書かれている要素を選手たちが正確に行ったかを評価する。
コーチカードに記載された要素が行われなかったり、ミスがあったり、記載された要素よりも難易度が低かったりした場合、その要素にDDの点数は与えられず、「ベースマーク」を乗じた得点が与えられる。ほとんどの要素には0.5点が乗じられ、ルーティンの最終得点に大きな影響を与えることになる。
簡単に言えば、ルーティンのビデオを確認できるテクニカルコントローラーが、「カードに記載されたようにエレメントが実行されていない」と判断した場合、ベースマークが与えられ低い点数となる。
新しい採点方法が導入された理由は?
この新たな採点システムは、アーティスティックスイミングのルーティンが主観的に採点されるのを避けることを目的に刷新された。さらには、競技をより面白くするためでもある。
結果が予測不可能になり、戦略がより求められるようにもなった。リスクを承知の上でコーチカードの難易度を上げるか、難易度を下げてベースマークのリスクを避けるか。チームがどんな選択をし、どのような結果につながるのかは見る者をより楽しませることだろう。
新たな採点方法について、競技関係者の意見は?
メキシコ代表キャプテン、ヌリア・ディオスダド「みんながメダルを夢見ることができる」
「この新しいシステムは、ミスによって順位が上がることも下がることもあるということを教えてくれました。以前は、ミスを分析する最も公平な方法を知らなかったので、競技が予測しやすくなっていた。でも現行の採点方法では、ルーティンの難易度、実際の演技、そしてチームの相乗効果に左右されるので、誰が勝つのかわかりません。2023年のパンアメリカン競技大会で、私たちはそれを目の当たりにしました。オリンピックの出場枠獲得は、私たちメキシコ代表チームが実現不可能と思われていたことを達成したことを意味します。私たちはすべての壁を打ち破ったのです」
「パンアメリカン競技大会の後、世界中の選手たちからメキシコを応援し、私たちがやったことに興奮しているというメッセージをもらいました。なぜなら、アスリートとして可能性を見ることができたからです。歴史を作っている国を見ると、『彼らができるのなら、私もできる』と思うものです。もちろん、長年にわたってこのスポーツのトップに君臨してきた国々は、今でも参考にしている存在です。でも、このシステムによって、私たち全員がオリンピックでのメダル獲得を夢見ることができるようになったのです」
スペイン代表チームの藤木麻由子コーチ「ASの精神はほとんど変わってしまった」
「新たな採点システムによって、ASの精神はほとんど変わってしまいました。これまでの長い間、ルーティンを準備する際には2つの考え方がありました。技術的な部分を見せるか、芸術的な部分を見せるか。この新しい採点システムでは、技術的な難しさに焦点を当てなければなりません。また同時に、他のチームが何をしているのか、他のチームがどのような難易度を提出しているのかなど、以前よりも注意を払わなければなりません」
「トレーニングの内容も以前とはまったく違います。一般的に、大会と大会の間には1ヶ月の間隔があり、(システムが適用される前は)その期間でルーティンを磨き、同調性の質を高め、より多くの反復練習を行うことで、前の大会よりも良くなるよう取り組んでいました。しかし、今はそうではありません。その1ヶ月、あるいは大会前の最後の3日間の練習でさえ、難易度を上げてルーティンを変更しているのです。例えば、3秒間で360度3回転するとしたら、今では4回転しなければなりません。毎日のトレーニングが以前とは違うものになっています」
「この新しいシステムにおいて、私たちは2つのシナリオを準備して大会に臨まなければなりません。1つは、細部で失敗しないためにルーティンの難易度を下げること。もう1つは、いくつかの国が似たような難易度の場合、リスクを冒すことです。つまり、両方のケースを考えて練習し、自分たちがどちらのルーティンで泳いでいるのかをしっかりと把握する精神的な機敏さを持たなければなりません。さらに、オリンピックでは選手により大きなプレッシャーがかかることも考慮しなければなりません」
「ベースマークは、私たちにとってはまだしっかりとつかめていないものです。採点を待っているとき、コーチも選手も、ベースマークが出るかどうかわかりません。この新しいシステムでは、特に(難易度の差が一般的に少ない)デュエットやソロでは、ルーティンを変更して難易度を上げることができるため、大会の中に多くの戦略が求められます」
「現時点では、新しい採点システムはエキサイティングな部分もありますが、より明確に定義する必要があります。というもの、コーチとして時にベースマークの理由を理解するのが難しいことがあるからです。新しいシステムなので、まだ適応しなければなりません。しかし、競技がよりオープンになることは、ポジティブな変化だと思います。結果が予測できないので選手にとってはモチベーションにつながります。プールに入れば、誰もがゼロからのスタートなのです」
米国代表チーム、アンドレア・フエンテスコーチ「ASで過去最大の変化」
「(新システムは)私たちの競技で史上最大の変化です。すっかり変わりました。とても良いことだと思います。これまで長年、ずっと同じ形で行われていたのである意味退屈でした。誰が優勝するのか、表彰台に誰が立つのかは大会前からわかっていました」
「頂点に立つのはとても大変で、それは決していいことではありませんでした。私たちは正しい方向に向かっていますが、その一方で(新システムは)まだ赤ちゃんのようなものです。私たちはみんな一緒になってひとつのコミュニティとしてこれを確立しようとしています。ドーハ大会の後、それを改善するために大きな変更が必要になるでしょう。でも、とてもいいことです。誰が勝つかわからないし、自分たちの戦略というものもあるのですから」。