選手村のネイルサロンで「みんなにパワーを与えたい」 義眼の和太鼓演奏者&ネイリスト富田安紀子さん

東京2020大会の選手村でひときわ、選手たちの笑顔がはじけているブースがある。指先を魅力的にケアすることで、試合への活力を後押ししているネイルサロンだ。毎日30~40人の選手やコーチが訪れ、「金メダル」「富士山」「桜」などのデコレーションを施していく。そのネイリストの一人に、自身も義眼ながら「みんなにパワーを与えたい」と活動する富田安紀子さんがいる。

「障がいを理由に頑張らずにいたら、頑張ってる健常者の方に失礼だから」

富田さんは岐阜県生まれ。4歳から和太鼓を習い、何事にも積極的な女の子だった。「小学校1年生のときに黒板の字が見えなくなって異変を感じたのが始まりでした。小学校4年生の時にやっと、ぶどう膜炎・白内障という病名が分かりました」。手術を受けたものの進行は止まらず左目は全盲、右目も弱視に。「子どもの頃は、なんで私だけ見えないの、と落ち込みましたし、生きてる意味がないと思ったこともありました」

ネガティブな気持ちと葛藤した時期もあったが、20歳で出会いがあった。「大学の時の友人グループがきっかけで、生き方をプラスに捉えるようになりました。みんなが『目が悪いかどうかではなくて、安紀ちゃんそのものを好きだから』と言ってくれて、信頼関係があるからこそあえて目が見えないことをネタしにていじってくれたんです。障がいを理由に頑張らずにいたら、むしろ頑張っている健常者の方々に失礼だし、自分の夢を持って生きようと前向きになりました」

大学では保育士、幼稚園教諭、認定ベビーシッターの資格を取り、その後も介護福祉士の資格を取って高齢者施設に就職。そこで高齢者のネイルケアをすると、元気が湧き出る様子を感じ取り、ビューティーセラピーに興味を持つようになった。

選手達と笑顔をかわしながらネイルケアをする
選手達と笑顔をかわしながらネイルケアをする

パラリンピック開会式の楽団に「これまでの努力は間違っていなかった」

一方で和太鼓は、目の状態に左右されることなく継続してきた。「和太鼓があったからこそ私がいる、私の相方です。トントントンと打てば、相手もトントントンと返してくれる。音楽はダイバーシティなツールですが、和太鼓は目が見えなくても感覚で演奏できますし、私にとって自分を伝えるツールです」

和太鼓に打ち込み、中学生のときに名取に襲名。さらに26歳で師範となった。「何事にも言えるのは『継続』です。信念を持って目指すものに向かって時間をかけ打ち込んでいくのは、選手が努力するのと同じこと。師範になるには、民謡を何百曲も覚えたり、お弟子さんを指導する姿勢なども見られるので、人に教える立場として憧れ続けられる存在でいるために、より一層努力しようと感じました」

師範襲名と同じ26歳のとき、左目を義眼に。右目の疾患も進行しており、いずれ全盲になることを覚悟した。「私は見える時間に限りがあります。だからこそ限られた時間のなかで、人よりもハイスピードでチャレンジしていきたい、今のうちにたくさん景色を焼き付けて、心の目を今のうちに育てていこうと強く感じました」

進行していく疾患があるからこそポジティブに生きることを決めた富田さんにとって、東京2020オリンピック・パラリンピックの決定は、夢の舞台の出現だった。「祖父は元陸上選手で東京2020大会をとても楽しみにしていましたが、開催決定の半年後にがんで亡くなりました。祖父の思いも、自分自身の思いもあって、この大会に関わりたいと思いました。最初に、パラリンピック開会式に楽団として出演が決まり、その後、聖火ランナーや選手村のネイルサロンでのお仕事と、夢が叶っていきました」

そして迎えた2021年8月24日(火)、パラリンピックの開会式。その景色を、右目に残された時間のなかで、しっかりと焼き付けた。「開会式の間、涙がこぼれました。この景色をまだ目が見えているうちに見れて良かった、と。そして今まで努力してきたことに間違いはなかったなと。障がいを理由にしないで、コツコツ頑張ってくれば夢も叶うし、憧れの舞台に立てるということを、示すことができたと思いました。そして、1人でも多くの方にパワーを送る立場として、もっと成長していきたいと誓いました」

パラリンピック開会式で打楽器を演奏した
パラリンピック開会式で打楽器を演奏した

選手村で感じた「これが本当のダイバーシティ」

そのパラリンピック開会式をはさみ、7月13日(火)から9月8日(水)まで、オリンピックとパラリンピックの期間にわたり、選手村でネイリストとして働く。「オリンピックの選手の方々は誰一人として、私が義眼だからといって嫌な顔をしませんでした。むしろ『その目、素敵ね』と言われ、障がいをチャームポイントのように見てくださったんです。かわいそうだなんて感じている態度ではなく、海外の方々はダイバーシティが進んでいるのを感じました。それに手に触れると、皆さんアスリートなので硬くてごつい人が多いのですが、すごくあったかい手でした」

細かい絵を爪に描けるほど視力がないため、ネイルアートはシールを用いる。人気はなんといっても『金』という漢字一文字。また桜や富士山など和風の柄も喜ばれるという。「人生初めてのネイルという方や、男性の選手もいらっしゃいます。自分の手元を見て、練習や試合の時にテンションが上がってくれたらいいなと思います。オリンピックでフィリピン初の金メダルを取ったという方は『金』のネイルをされていきました」

パラリンピック期間になると、また選手村の雰囲気も変わった。「選手たちがとにかく陽気で、特に海外の方々は自分のことを障がい者だと思っていないのを感じました。私が義眼だと知ると『あなたはそこ?』『私はここ!』とお互いの障がいを見せ合ったりして、素敵な空気感を味わっています。これこそが『WeThe15』なんだな、本物のダイバーシティなんだなと感じましたし、この空気感が選手村だけでなくて世界中の普通になればいいなって思いました」

この東京2020大会を通じて、富田さんの人生観はさらに洗練された。「障がいがある方も普通に仕事として、ビューティーやエンターテインメントの活動ができることを確信しましたし、自分が先頭に立ってその道の可能性を広げていきたいです。いつかは、障がい者と健常者という言葉が無くなるくらいのダイバーシティな環境を作っていけたらなと思います」。オリンピアンとパラリンピアンから得たパワーを糧に、富田さんは生きる美しさを発信していく。

選手に一番人気のネイルアートは「金」
選手に一番人気のネイルアートは「金」
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