走幅跳は「無心」で限界を跳び越える 兎澤朋美がハマった競技の魅力

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パラスポーツは、1度見たらきっとハマる! オリンピック競技と異なる見どころも多く、注目度は年々増している。選手が考える競技の魅力とは? やっていて楽しいと感じるときは? パラ陸上競技女子走幅跳のT63クラス(下肢切断)で東京2020パラリンピック出場が内定している兎澤朋美は、2017年の日本体育大学入学を機に、競技を始めた。そんな彼女がなぜ走幅跳に心奪われ、「ハマった」のか。

「今しかない」と決断した高校3年生の冬

2013年9月に東京2020大会の開催が決まったことを受け、本格的に競技に取り組みたいと考えた若手パラアスリートは多い。2021年1月で22歳になる兎澤もその1人だ。小学校5年生のときに骨肉腫を発症。翌年に左脚の太ももから下を切断した兎澤は、中学2年生のころから陸上やパラサイクリングに取り組み、東京2020大会への出場を夢見ていた。

「ただ、当時は指導者が身近にいませんでしたし、競技用の義足も高価なので、なかなか本格的に取り組むことができませんでした」

転機は、リオデジャネイロ2016大会が終わったあとに訪れる。日本体育大学と日本財団が提携して、パラアスリート育成のための奨学金制度が始まることになったのだ。兎澤は当初、地元にある理系の大学を受験しようと考えていたが、「今しかない」と方向転換し、日本体育大学に進学することを決めた。高校3年生、冬の出来事だった。陸上を選択したのは、「義足になってから最初に触れた競技であること、そして同大学の陸上部にパラアスリートブロックが設置されたこともあり、専門の指導者がいたから」だという。

高校3年生の冬に日本体育大学への進学を決意
高校3年生の冬に日本体育大学への進学を決意
撮影 日本パラ陸上競技連盟

競技人生を飛躍させたポポフ氏との出会い

大学入学後、種目は走幅跳と100mに絞った。片側に大腿義足を装着し競技するT63クラスで、東京2020パラリンピックの実施種目となっているのが、女子ではこの2種目だったからだ。もっとも過去に陸上の大会に出場したことがあったとはいえ、本格的な練習を積んだ経験のない兎澤は、初心者に近かった。入学して最初の競技会でも走幅跳は3m弱、100mも20秒台後半だったという。

走幅跳は助走の際の走力も大事になってくるため、まず1年目は100mを重点的に練習し、走りの基礎を固めていった。大学での活動とは別に、義足メーカーが主催するランニングクリニックにも参加。そこでメインコーチを務めていた、ハインリッヒ・ポポフ氏との出会いが競技人生を飛躍させる1つのきっかけとなる。ポポフ氏は兎澤と同じ大腿義足選手で、ロンドン2012大会では男子100mを、リオ2016大会では男子走幅跳を制しているレジェンドだ。そんなポポフ氏から「義足で走ること」について説かれ、走る際のフォームはもちろん、義足が接地するときの角度や向きをより意識するようになった。

そうして練習を積み重ねた結果、大学3年次の2019年11月には100mで自身が持つアジア記録をさらに更新する16秒39をマーク。入学から2年半ほどで4秒以上もタイムを縮めたのだ。

全ての要素が連動しないと好記録は出ない

一方、走幅跳は走りの基礎が固まってきた大学2年次から、本格的に取り組むようになった。しかし、「走る」と「跳ぶ」では動作が全く違う。「義足を使ってしっかり走れるようになることがまず1つの壁でした。どの位置に重心を持っていくのがいいのか。何回も転びながら良いところを探っていきましたが、そこからさらに跳ぶとなると、重心が前に行き過ぎても高く遠くに跳べないし、逆に後傾し過ぎても膝が折れてしまって、転んでしまう。跳ぶことに対して、上半身や体幹をうまく連動させないといけないし、いろいろな要素が求められるので、走幅跳では考えることが多かったです」と、兎澤は振り返る。

走幅跳で良い記録を出すためには、「助走」「踏み切り」「空中動作」「着地」をしっかりとそろえる必要がある。これらは全て連動しており、最初の助走でうまくスピードに乗れなければ、踏み切り以降の要素が崩れ、飛距離は伸びない。より遠くまで跳ぶためには、「自身が出せる最高のスピードで、踏み切りに持っていくことが1番のカギです」と兎澤は語る。

大学1年次に1年かけて走力を磨いたこともあり、兎澤は走幅跳の記録を順調に伸ばしていった。本格的に取り組み始めて半年後のアジアパラ競技大会(2018年)では3m89cmを跳び、銅メダルを獲得。翌2019年の世界パラ陸上競技選手権でも4m33cmで3位に入り、東京2020パラリンピック出場内定を勝ち取った。

世界パラ陸上競技選手権で銅メダルを獲得し、東京2020パラリンピック出場内定を勝ち取った
世界パラ陸上競技選手権で銅メダルを獲得し、東京2020パラリンピック出場内定を勝ち取った
撮影 日本パラ陸上競技連盟

アグレッシブかつ限界を作らないように

そんな成長著しい兎澤だが、2019年から日本パラ陸上競技連盟のテクニカルアドバイザーも務めているポポフ氏には「もっとアグレッシブに」と、よく指摘されるそうだ。加えて大学では、水野洋子監督から「自分で限界を作らないように」という指導も受けている。これは兎澤の性格によるところが大きいのかもしれない。

「私は競技に対して、考え過ぎてしまうタイプなんです。練習や試合で、『こういうふうに助走して、こう踏み切って、空中動作はこうして』というイメージを頭の中で描きたい。でもそれが逆に『考え過ぎだ』とポポフコーチや水野監督からは言われます(苦笑)」

考え過ぎるがゆえに、無意識のうちに自らの力を解放することを抑えてしまう。ただ無心で本能のままに跳べば、「限界」という枠を取っ払い、眠っていた力を解き放つことができる。尊敬する2人の師からの教えは、言葉は違えどリンクしているように感じられる。

「実際、何も考えずに思い切り走って、思い切り跳んだときにポポフコーチから『それだよ』と言われたので、『なるほどな』と理解できました。(2020年)8月の競技会でも、ファウルになってしまったのですが、4m70~80cmくらい跳べた跳躍もありました(現在の自己ベストは4m44cm)。もちろん練習では、修正する必要がある部分は意識的にやります。最初にしっかりイメージを作り、最終的にはそれを自動化して、意識しないでも跳べるような状態に持っていくことが理想です」

考え過ぎず、無心で跳ぶ。そうすることで兎澤は自身の限界に挑んでいく
考え過ぎず、無心で跳ぶ。そうすることで兎澤は自身の限界に挑んでいく
撮影 日本パラ陸上競技連盟

全部やり切れたと思える東京2020大会にしたい

兎澤は走幅跳という競技について「難しい分、面白い」と、その魅力を語る。助走から着地に至る過程の全てが連動しないと好記録は出ないため、1つひとつの動作を突き詰めていく必要があるものの、「全部がうまくいき、自己ベストが出た瞬間はすごくうれしいです」と笑顔を見せる。

競技を始めてわずか2年半ほどの2019年11月に、東京2020パラリンピックの出場を内定させた兎澤だが、何がそれを可能としたのか。

「入学したばかりのころは、他の部員にはウォーミングアップ程度の練習量が、私にとっては全力を使い果たすくらいのレベルの差でした。ただ、そこからその時々に自分ができる最大限のことをやり、体力をつけて、技術を上げていきました。初心者だった分、教えてもらったことをそのまま吸収していき、それを突き詰めたことで、今があるんだと思います」

東京2020パラリンピックは、「全部やり切れたと思える大会にしたい」と言う。その先にメダルという結果が付いてくれば申し分ない。目標とする記録は5m。無心で自分の限界を跳び越えていくつもりだ。

One Minute, One Sport パラ陸上競技 フィールド
01:23

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