「目標や夢がなくなる。明日からどうしようってなる」 最初で最後のオリンピックを目指して スポーツクライミング・野口啓代

Akiyo-Noguchi
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いただいた1年を大切にしたい――。オリンピック初代女王の座を目指して、スポーツクライミングの野口啓代は東京2020大会の延期をポジティブにとらえている。長年競技を引っ張ってきた第一人者は、初めて実施される今大会限りでの引退を決めている。代表の座を勝ち取りながらの延期にも心を惑わすことなく「待つことの喜び」を口にした。

野口啓代編/今日もまた、前を向こうとする人がいる。
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突然の延期となったTokyo 2020。目標を奪われ、練習さえままならない状況。それでもアスリートたちは懸命に前を向こうとしてきた。アスリートたちは、その時、何を思っていたのか。そして今、何を思うのか。インタビューを見る

「オリンピック」が広げた、スポーツクライミングの世界

新型コロナウイルスの感染が拡大する昨年3月、気持ちは揺れていた。2019年夏の世界選手権2位で代表に内定していたが、オリンピックそのものがなくなる不安もあった。だからこそ、1年延期の決定は前向きにとらえることができた。

「世界の情勢が不安定な中で、中止でなく延期でよかった。私にとって、いやすべてのアスリートにとって、オリンピックは希望なので。もしなくなってしまったら、目標や夢がなくなる。明日からどうしようってなる。いつでもいいから開催してほしいという気持ちは強かったですね」

野口にとって、今大会は特別だった。スポーツクライミングが東京2020大会の追加種目候補に採用された2016年、競技生活のゴールを決めた。大会後の引退を明言して、頂を目指して競技に取り組んできた。

「あと何シーズンやろうかと考えていたころでした。ワールドカップの年間チャンピオンとかタイトルは取っていたし。そこで、あと4年頑張ろう。東京2020オリンピックまで頑張ってからやめようと決めたんです。オリンピックで初めてクライミングが行われる。それも、地元の日本で。もし他の国だったり、初めての実施でなかったら、モチベーションは違っていましたね」

子どものころからオリンピックは好きだった。しかし、長い間「見るもの」で「出るもの」ではなかった。それが予想もしなかった追加種目としてのクライミング採用。気持ちは急激にオリンピック出場へと傾いた。

「オリンピックに出るなんて頭になかったから、本当にびっくりしました。あるのなら、目指さない理由がなかった。先輩や身近な人も出たことがない。誰も経験したことがない舞台を経験してみたかったんです」

オリンピックでの実施が決まってから、環境の変化もうれしかった。競技として認知度が上がり、注目もされた。クライミングというスポーツが広がっていくことを実感した。

「以前までは友達には『それ、なあに?』『がけから落ちたら死んじゃうんでしょ』とか言われていましたから(笑)。それが、どんどん人気になって、知られていった。自分がやってきたことが世間に認められて、すごくうれしかった。スポーツとしてレベルが上がったし、自分の活動の場も広がりました」

すべての試合が中止、自分の登りを見直す時間に

延期が決まった後に出た緊急事態宣言。ステイホームを余儀なくされたが、気持ちはぶれなかった。環境にも恵まれていた。もともと、茨城・龍ケ崎市の実家にある壁で練習していたが、昨年7月にはスピードの壁を含む本格的な施設が完成。AI(人工知能)による動作解析もできる最新設備で、トレーニングに集中できた。

「自粛期間中もしっかり練習はできたし、大会がない中でもモチベーションは維持できました。人に会えないとかはあったけれど、家族には会えたし。もともとクライミングさえできていれば、ストレスは感じない。一番やりたいことができていました」

16歳から出場しているワールドカップはもちろん、国内外の試合がすべてなくなった。競技を始めて以来、初めての経験。精神的に落ち着かなくても不思議ではないが、それも前向きにとらえた。

「大会が続くと時間がないんです。毎年ワールドカップが10戦から15戦、国内もあって月に3、4回大会があったので。ゆっくりと自分の登りを見直せる機会があるのは、うれしかったですね。まだまだ未熟。求めているものに対して完成度が低い。リードの持久力、ボルダリングのパワー、スピードの瞬発力……。足りない部分を補うのに、1年あるのはよかったですね」

競技生活をかけてオリンピックを目指す他の競技のベテランの中には、体力的な衰えを理由に大会の延期で引退を決意する選手もいる。すでに代表に内定しているとはいっても、待たされる1年を長いと思っても不思議ではない。ところが、野口は笑って否定。前向きにとらえるどころか、喜びもあるという。

「31歳でも32歳でも変わりません(笑)。もともと体力やケガを理由に引退を決めたわけではない。1日でも長く競技を続けたいと思っているし、内定をいただいた上でオリンピックの準備ができることがうれしい」

大会から遠ざかっている不安がないわけではない。試合勘がなくなるのも心配ではある。一方で、15年間も世界の舞台で活躍してきた自負もある。だからこそ、大会から離れても練習に没頭できる。

「ワールドカップから離れていますが、でもそこはイコールコンディション。他の選手も同じなので。16歳から出ていて、試合勘とか経験値は他の選手よりもあると思っています。周りのことは分からないけれど、自分が成長できているという実感もあります。ワールドカップが再開されたときのための準備は、できていると思っています」

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延期の1年を力に、いざ最初で最後の舞台へ

実家にある国内屈指の施設には、所属先のチームメートも訪れる。仲間と一緒に練習することは刺激になるし、新しい発見もある。同じく代表に内定している男子の楢﨑智亜とはオリンピックの話もするという。

「ワールドカップに出ている選手たちもたくさん来てくれて、課題をつくってくれたりもするので、しっかり練習はできています。(楢﨑選手とは)オリンピックの話はしますね。『こういうシチュエーションだったらどうする』とか、あとは『優勝したらインタビューで何を話すか』とか(笑)」

1年の延期は、野口にとって追い風になりそうだ。オリンピック代表内定を決めた2019年の世界選手権で優勝したヤンヤ・ガンブレッド(スロベニア)との差を埋めて逆転する時間になるからだ。1年という時間が自信につながる。それだけのことを、野口はやってきた。

「ヤンヤは一番のライバル。常に意識はしています。相手の状況は分からないけれど、私にとって延期はプラスになっている。いただいた1年だと思っているので、大切にしたい。できることをしっかりやって臨みたい。自分の中で東京大会までと決めているので、満足して終わりたいですから」

スポーツクライミングの会場は青海アーバンスポーツパーク。若者で賑わうお台場の中心にある。すでに下見をし、その華やかな雰囲気に魅せられている。

「経験しておこうと思って、行きました。あの舞台で登れるなんて幸せです。クライミングには他の競技にない魅力が詰まっています。その魅力を世界中の人たちに伝えたい。オリンピックは絶対にやってくれるだろうと信じています。これを機会に、好きになって、やってみたいという人が増えてくれたらうれしいですね」

延期の1年を力に変えて、野口が目指すのは最初で最後のオリンピック。見つめる先には初代女王に輝く自分の姿がある。

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