競技者として、母として。中山由起枝は「生きるために」射撃を続けてきた

5度目となるオリンピック出場が内定している中山由起枝
5度目となるオリンピック出場が内定している中山由起枝
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競技を辞めたら生活が苦しくなるという危機感

クレー射撃のトラップ個人女子で、東京2020オリンピック出場が内定している中山由起枝は、「生きるため」に競技を続けてきた。

「射撃をすることで収入源をしっかり確保できる。生活を成り立たせなければいけないという思いが強くあったので、そういう意味では他の選手と少し違うところはあったかもしれません」

1979年3月7日生まれ。東京2020大会は5度目のオリンピックとなる。夏季大会5度の出場は、柔道の谷亮子さんと並んで日本の女子選手では最多だ。初めて出場したのはシドニー2000大会で、その後は結婚・出産を経て、北京2008、ロンドン2012、リオデジャネイロ2016と大舞台に立ち続けた。北京の地ではメダル獲得まであと一歩に迫る4位という成績も残している。

しかしこの間、離婚を経験し、シングルマザーとして娘を育てる中で、生きていくことに対しての危機感が常にあった。自分が競技を辞めれば、生活すること自体が苦しくなる。

「娘が小学生のときから費用面は全て私に懸かっていました。母子家庭だからと不自由な思いはさせたくなかった。なんとか人並みの生活を送ることはできたと思っています。今は娘も大学2年生になっていますし、自分の好きな道を歩んでいってもらいたい。ただこうして子育てをしたことが、競技をする上で、私の力につながった部分はあるかもしれないです」

テストイベントで東京2020組織委員会の橋本聖子会長(右)と記念撮影
テストイベントで東京2020組織委員会の橋本聖子会長(右)と記念撮影
日本クレー射撃協会提供

競技者、母、大学院生と三足のわらじを履く

競技と育児の両立がいかにハードであるかは容易に想像がつく。ましてや片親となればなおさらだろう。ただ、中山はリオ2016大会が終わった翌年、さらに1つの挑戦に踏み切る。娘が高校へ入学したのと同時に、中山自身も大学院に進学したのだ。

「リオが終わって、もし東京2020大会に出場できなかった場合のことを考えて、競技の道と、指導者になる道と両方切り開いておきたかったんです。もし自分に指導者としての需要があるんだったら、今のうちにノウハウをきちんと学んでおこうと。競技観も年々変わってきていたし、現役でいられる時間は限られているので、大学院に進むことを決断しました」

競技者であり、母であり、大学院生にもなった。二足どころか三足のわらじを履いた中山の1日は多忙を極めた。朝5時半に起きて、娘の弁当を作り、家事をした後、射撃場に行って練習をする。それから片道2時間半かけて東京・御茶ノ水にある大学院に通い、18時半から21時40分まで授業を受け、終電で自宅に帰る。就寝は1時。そしてまた翌朝5時半に起床する。それを月曜日から金曜日まで繰り返し、週末はもっぱら大学院で与えられる課題に取り組んだ。

「本当によくやりましたよね(笑)。射撃をやっているときでも修士論文のことが頭を離れなくて、遠征や通学の移動中は常に文献を広げて、何かしらやっていました。何度も心が折れそうになったんですけど、得たものも大きかったです。日本のクレー射撃の現状や、海外遠征に行ったときは、現地のコーチなどの意見も聞いて、研究に役立てることもできました」

2019年に修士号を取得。中山は射撃を日本でも発展させるため、男子のみならず女子も気軽に競技に触れられる環境を作りたいと考えている。

競技者、母、大学院生と三足のわらじを履いていた時期も
競技者、母、大学院生と三足のわらじを履いていた時期も
日本クレー射撃協会提供

キャリアが生きた「奇跡的な試合」

すでに4度のオリンピックを経験している中山の競技人生は「生きる」ことと同義語だった。生活が懸かっていたため、中途半端に投げ出すことはできない。目まぐるしく過ぎる日々の渦に抗い、苦しみに耐えながら競技と向き合ってきた。こうした過程で培った「しぶとさ」は中山の武器にもなっている。

東京2020大会への出場権を獲得した2019年のアジア大陸選手権は、まさにその競技人生が凝縮されていたような「奇跡的な試合だった」。初日は25点中21点と出遅れたが、最終ラウンドはただ1人満点となる25点を獲得。決勝進出を懸けたシュートオフ(一発勝負で失中を出した段階で退場となるルール)も5人との争いを制し、決勝では3位に入って銅メダルを獲得した。特に満点を取った最終ラウンドは強風の中で行われ、上位選手が軒並みスコアを落とす中、中山だけは標的に当て続けた。

「私にとっては本当に神風でした。自分の銃のスイングが間違った方向に行ったかなというときも、そこにクレーが飛んでくれるという状態で、まさにゾーンに入った感じでしたね。初日が終わった段階で決勝進出は絶望的な状況だったんですけど、自分としては有終の美を飾りたいと思っていました。悪天候であっても淡々と目の前のことをこなしていくことができたのは、これまでのキャリアのおかげだと感じました」

5度目のオリンピックとなる東京の舞台で目指すのは、メダルの獲得だ。「娘の首にメダルをかけてあげたい」という思いが競技を続ける原動力にもなってきたが、大会が1年延期になったことで、「海外の選手と再会して、試合ができる喜びを分かち合いたい」とも願う。2020年12月にはトラップ団体(混合)でペアを組む大山重隆と再婚。人生のパートナーを得て、競技人生の集大成と位置付ける東京2020大会に挑んでいく。

東京2020大会で目指すのはメダル獲得。様々な思いとともに、集大成の舞台に挑んでいく
東京2020大会で目指すのはメダル獲得。様々な思いとともに、集大成の舞台に挑んでいく
日本クレー射撃協会提供
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