清水邦広 人間的にも大きく成長させてくれたけが、心に響くプレーで恩返しを

shimizu

全治1年の大けが、バレーを諦めかけた

目を疑った。スパイクを打った清水邦広が着地した瞬間に倒れ、動かない。チームメートが心配そうに駆け寄る。

「痛い! 痛い!」。静まり返った体育館に、清水の苦痛の声が響いた。

2017/18シーズン、パナソニックパンサーズは5年ぶりに天皇杯を勝ち取り、国内リーグもレギュラーラウンド1位、ファイナル6でも3連勝と、優勝へ着実に進んでいた。そんな頃、2018年の2月18日にそれは起きた。診断結果は、「右膝前十字靭帯断裂、内側側副靭帯断裂、半月板損傷、軟骨損傷で全治12カ月」の重傷だった。

「足首の舟状骨(しょうじょうこつ)を疲労骨折して、約10カ月間リハビリをして試合に戻ってきて、やっとこれからというときにまた全治1年以上の大けが。(バレーボールを)やめたいという思いもありました」

清水はそう振り返った。

思いがけない大けがに何度も心が折れそうになった
思いがけない大けがに何度も心が折れそうになった
(c)パナソニックパンサーズ

改めて気づいたバレーへの思い

「とんでもないけがをしてしまった」。2度の手術後、思考はマイナスへと向かうばかり。「リハビリして頑張って復帰しよう」という思いにはすぐになれなかった。そんな清水がもう一度前を向くことができたのは、応援してくれている人から届いた「頑張って」「復帰して」の声、そして離れてみて気づいた清水自身の「バレーボールが大好き」という思いだった。「まだこんなところで終われない」。清水はそう気持ちを切り替えた。

しかしリハビリを始めたものの、1歩、2歩と歩いてはまた戻るという繰り返し。「本当にスパイクを打てるまでに戻れるのか」と不安になった。パナソニックのモッタ・パエス・マウリシオ前コーチは、そんな清水に「小さな積み重ねが後に大きな変化を生むから、今やっているリハビリを大切にしていこう」と声を掛けた。そしてコツコツとリハビリを続けた清水は、翌2019年2月2日に復帰。リベロの永野健からのジャンプトスを打ち切り約1年ぶりに得点も挙げた。「完全復活への第一歩が踏めて、純粋に嬉しかった」と、清水は涙ぐみながら語った。

その後すぐに膝の感染症が発覚し、再び手術。数えれば、膝の手術は5度にもわたる。しかし一度前を向いてからは、続く逆境にもむしろ闘志が湧いた。「困難がくればくるほど、逆に燃えたというか、絶対復帰してやるという思いがより一層強くなりました」。復帰して、みんなに恩返ししたいという思いも力になり、2020-21シーズンの国内リーグで34試合を戦えるまでに戻った。

「応援してくれる人、チームメート、家族、本当にたくさんの方に支えられて今こうしてバレーボールができているんだと改めて感じました。あのけががあったから、僕はプレーだけではなく、人間的にもすごく成長できたと思います」

何度も手術を受けながら、一歩一歩前に進むためにリハビリを重ねた
何度も手術を受けながら、一歩一歩前に進むためにリハビリを重ねた
(c)パナソニックパンサーズ

オリンピック代表12名入りを懸けて

4月5日に2021年度の日本代表登録メンバー24人が発表され、清水の名前もあった。しかし、出場できるのはわずか12名。オポジットのポジションには、4位になった2019年のワールドカップでベストサーバー賞を獲得した21歳の西田有志、パナソニックのチームメート25歳の大竹壱青、アジアユース選手権で史上初の金メダルを獲得した22歳の宮浦健人という3人のライバルがいる。

「一人ひとり持ち味が違いますし、素晴らしい選手。尊敬する部分があるので、後輩だろうが関係なく、盗める技術は盗んでいきたいと思っています。その1つとして西田選手のサーブ力を研究しながら身につけようと思って」

ビッグサーバー西田のような速くて強いサーブを打つ。「(時速)110kmから115km出れば、正面で受けてもきっちり返すのは難しくなってくる。まず筋力をつけ、スピードの底上げ、それからコースを狙う、ショートサーブを落とす練習。いろんな所に打てるように工夫してきて、リーグでは、強いサーブを示せたと思います」。

その言葉通り、2020-21国内リーグ、清水のレギュラーラウンド「サーブ効果率」は14.6で西田と並ぶリーグ2位。アタック決定率は55.0%でリーグ5位、西田を上回った。これには、「自信につながったシーズンだった」と清水も納得の表情を見せた。清水のサーブ力アップは中垣内監督も認めるところだ。

それでも、34歳の清水や同じ年の福澤(達哉)が12人に選ばれるには、「安定感やまとめる力など、若い選手にない持ち味を出し、チームに影響を与えていくことが必要」だと清水は言う。イメージとして描くのは、最年少の21歳で初めて出場した北京2008大会で、最年長38歳で主将としてチームを引っ張った荻野正二さんだ。

「バタバタしているときに落ち着かせるとか、いろんな形でチームを支えていたのが荻野さんでした。僕自身も最年長として東京では荻野さんのようにやっていきたい」

男子バレーとしては3大会ぶりの大舞台で、人の心に伝わるようなプレーを見せると誓う
男子バレーとしては3大会ぶりの大舞台で、人の心に伝わるようなプレーを見せると誓う
(c)JVA

北京の屈辱を晴らし、集大成として結果を

バレーボールにとっての最高峰のオリンピック。東京は男子バレーボールにとっては3大会ぶりの大舞台だ。そして全敗した北京の屈辱を晴らす場でもある。

「オリンピックで結果を残す、残さないで人生も変わってくると思いますし、結果を残せば、バレーボールやスポーツ、自分の価値も上がる。そこに出られるチャンスが巡ってきたので、負けたくない、メンバーに選ばれたいという気持ちはやっぱりあります。最後の集大成として結果を残したい。日本の力はもっと上がっていく可能性がありますし、メダルにも近づいていける。男子バレーって楽しいなと思ってもらえるように、もう一度日本の強さを示すために熱い試合をしたいです」

選手生命が脅かされるほどの大けがをしてもここまで復活できるんだ。それを体現する清水の姿は、同じようなけがで苦しむ人たちの勇気になるだろう。

「一生懸命プレーをする姿っていうのは人の心に響くと思うんです。だから人の心に伝わるようなプレーを見せたい。みなさんのために頑張りたいです」

オリンピックで「日本がメダルラッシュ」できれば、閉塞している日本にも、一筋の光が差すかもしれない。男子バレーがその一つを手にできたら。そう願いながら、清水はバレーボール人生を懸けて東京を目指す。