陸上 ケンブリッジ飛鳥のAthlete Journey 新しい自分と出会った「第2の競技人生」

JAKARTA, INDONESIA - AUGUST 30:  Aska Cambridge (C) of Japan wins the final of the men's 4x100m relay athletics event on day twelve of the Asian Games on August 30, 2018 in Jakarta, Indonesia.  (Photo by Lintao Zhang/Getty Images)
JAKARTA, INDONESIA - AUGUST 30: Aska Cambridge (C) of Japan wins the final of the men's 4x100m relay athletics event on day twelve of the Asian Games on August 30, 2018 in Jakarta, Indonesia. (Photo by Lintao Zhang/Getty Images)

4×100mリレーではアンカーとして銀メダル獲得

陸上競技男子100mと4×100mリレーで東京2020オリンピック出場を目指すケンブリッジ飛鳥は現在、心身共に充実の一途をたどっている。昨年8月に行われた「Athlete Night Games in FUKUI」では、100mの予選(10秒05)と決勝(10秒03)で2度の自己ベスト更新。10月の日本選手権でも桐生祥秀に次ぐ2位に入った。2018年からの2年間はケガの影響で、本来の力を発揮できていなかっただけに、再び国内のトップ戦線に戻ってきたことに安どの表情を見せていた。

「やはり多少の焦りはありました。不安もゼロじゃなかったですね。自分はもう一回、トップ争いに絡めるのかと」

オリンピック初出場となったリオデジャネイロ2016大会は、男子100mで準決勝に進出し、4×100mリレーではアジア記録を更新する37秒60で銀メダルを獲得。特に4×100mリレーでは、アンカーとして激走し、日本国民を熱狂させた。

「これまでの競技人生の中で一番印象深いレースだったなと思います。リオまでが陸上における第1の人生だとしたら、リオ以降は第2の人生という感じで。周りから見られることも増えましたし、多くの方が僕のことを知ってくれて、環境面でも大きく変わりましたね」

それだけ4人のリレーメンバーたちが放ったインパクトは鮮烈だったということだろう。当時23歳。東京2020大会に向けて、ケンブリッジの前途は洋々だった。

リオ2016大会の男子4×100mリレーではアンカーとして銀メダル獲得に貢献
リオ2016大会の男子4×100mリレーではアンカーとして銀メダル獲得に貢献
2016 Getty Images

周りのレベルが上がる一方、結果が停滞

しかし、陸上における第2の人生は、雌伏の時期が続いた。2017年こそ当時の自己ベストを更新する10秒08をマークしたが、それ以降は思うように記録が伸びなかった。その間、男子100mでは2017年9月に桐生(9秒98)、2019年にサニブラウン・アブデル・ハキーム(9秒97)、小池祐貴(9秒98)と3人の9秒台スプリンターが誕生。かつてないほどレベルが上がった。

その一方で、ケンブリッジはハムストリングのケガなどに苦しみ、結果も停滞した。2019年の日本選手権では決勝で最下位となる8位に終わり、同年の世界選手権出場も逃した。

「ケガが多くて、知らないうちに体のバランスが崩れていました。それにより、イメージ通りの動きができなくなっていたんです。自分の状態が悪いときって、良いときの感覚を取り戻そうとするじゃないですか。そうすることで余計悪い方向に進んでしまった。年齢や、体の良し悪しに応じて自分の感覚をアップデートしていかなければいけなかったなと今は思います」

体のバランスを整えていく必要性を感じていた2019年夏、ある出会いがケンブリッジの転機となる。フィギュアスケートの髙橋大輔をサポートしてきた経験を持つ渡部文緒トレーナーに体をチェックしてもらう機会があり、その年のシーズンオフから本格的に師事することになったのだ。

インタビューに応じるケンブリッジ
インタビューに応じるケンブリッジ

課題だった前半の加速力が増す

肉体改造に取り組んでみると、課題が明確に浮かび上がった。両足で取り組むトレーニングは安定してこなせるが、それが片足だと途端に不安定になる。左足が強かったり、あるいはその逆もあり、体をうまくコントロールできなかった。しかし、そこを改善するトレーニングをひと冬の間積んでいくと、走る際の安定感がよみがえってきた。

また片足でも力を発揮できるようになったことで、メリットも生まれた。スターティングブロックを蹴り出す際に得られるパワーを、前方への推進力に変えることで前半の加速力が増したのだ。ケンブリッジはもともと後半型の選手で、前半のスピードに課題があった。しかしその前半でスムーズに加速できると、武器としている後半の走りはさらに威力を増すことになる。2020年に自己ベストを更新できたのも、これが1つの要因として挙げられるだろう。

もっとも9秒台を出すには、まだ足りない部分があるのは理解している。ケンブリッジは自身の理想に近い走りとして、昨年自己ベストを更新した「Athlete Night Games in FUKUI」での決勝と、2017年の日本選手権の予選と準決勝を挙げる。

「昨年の福井では前半が、2017年の日本選手権では中盤から後半にかけての走りがすごく良かったんです。そこがうまく合わさってくれば、イメージ通りの走りに近づくのかなと。前半が良くなってきたのはあるんですけど、まだ体の起き上がりが早いので、そのときに重心を後ろに持ってきて、うまく加速につなげられれば、もう少し良いタイムが出ると思っています」

2017年の日本選手権では、予選と準決勝で自身の理想に近い走りができたという
2017年の日本選手権では、予選と準決勝で自身の理想に近い走りができたという
2017 Getty Images

自分の中でオリンピックが大きくなり過ぎていない

苦しい時期を過ごした分、それを乗り越えたときに見える景色は以前と違う。悩み、もがきながら自分と向き合ったことで新たな気づきもあった。

「2017年と昨年では走り自体が少し違います。実際のデータでも2017年の方がピッチ(脚の回転数)は少し高くて、昨年の方がストライド(1歩の幅)は長い。走りの中身も自分の感覚も違っていて、それは面白いなと。あと僕はこれまで9秒台よりも他の選手に勝つ、日本選手権で優勝することに意味があると考えていたタイプだったんですけど、最近はタイムを求めていく楽しさも感じています。新しい自分に出会ったというか、少しずつ考え方が変わっている自分がいるんです」

そうした変化が今の充実ぶりにつながっている。リオ2016大会以降の競技人生は、確かに順風満帆ではなかったかもしれない。それでもより大きな成長を遂げるためには必要な時間だったと、今は思える。「苦しいときもあったし、遠回りもしたんですけど、結果的には良い4年半でした」と語るように、こうした過程を経て、アスリートとして進化を遂げたのだ。

ケンブリッジにとって東京2020大会はどのような位置づけなのか。そう聞いてみると、27歳のスプリンターは少し考え込んでからこう答えた。

「なかなか答えが思い浮かばないということは、数ある大会の1つとして捉えられるようになったのかもしれません。もちろん日本で開催される大会ですし、絶対に出たいという気持ちは強い。でも自分の中でオリンピックが大きくなり過ぎていない気がします」

リオ2016大会で快挙を成し遂げた男は、あくまで自然体でオリンピック出場に挑む。意識し過ぎず、力を入れ過ぎず。それこそ、試練を乗り越えたケンブリッジがたどり着いた境地だ。

あくまで自然体で、東京2020オリンピック出場を目指す
あくまで自然体で、東京2020オリンピック出場を目指す
2020 Getty Images

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