陸上期待の21歳・田中希実 2020年に日本新記録2つ「心の強さ作り上げる」

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両親も陸上選手、常に「手応え」追い求め

スタート直後から積極的にレースを引っ張って、最後は力強いストライドで激走。陸上界に現れたニューヒロインは、「オリンピックに関する目標を口にできる立場になったということは、ありがたいなと思います」と、自身の立ち位置について少し控えめに語った。

陸上競技女子5000mで東京2020オリンピック出場が内定している田中希実は、2020年7月に3000m(8分41秒35)、8月には1500m(4分05秒27)で日本記録を更新すると、12月の日本選手権で大舞台への出場権をつかんだ。

両親ともに陸上選手という陸上一家に生まれた。父・健智さんは元実業団ランナーで、田中のコーチを務める。母・千洋さんもマラソンランナーとして、北海道マラソンで2度優勝。幼い頃から両親の高地トレーニングについていったことで、心肺機能が強化された。「小学校のときから長く走ることは、得意だと思っていました」。陸上選手としての素養は身についていた。

中学校で陸上部に入り、本格的に競技を始めると、中高通じて全国の舞台でも結果を残した。2018年にはU20世界選手権の3000mを制するなど、順調に階段を上ってきたが、東京2020大会は意識していなかった。「出られたら出たいというスタンスでした。私は、『ちょっと頑張ったらいけるんじゃないか』という手応えがないと、目標を掲げません。だからこそ、(オリンピックを語れる今は)すごく嬉しいです」。

2020年12月、日本選手権の5000mを制した田中
2020年12月、日本選手権の5000mを制した田中
2020 Getty Images

意識を変えたニュージーランドでの敗戦

手応えという意味でも大きな1年となった2020年。田中にとってのターニングポイントは年初にあった。2月に出場したニュージーランドのレースで5000mは新谷仁美に、1500mは卜部蘭にそれぞれ敗れ、特に新谷との差は17秒にも及んだ。それまでは練習を積み重ねていくうちに、自然と結果がついてきたが、この敗戦から「結果を出すためにはどう練習すればいいか」と意識し始めた。

父との練習はよりハードになった。例えば疾走と緩走を繰り返すインターバル走の総距離は、300m×10本が300m×15本と1.5倍になり、設定タイムは1km3分ペースを基本としていたところ、3分以内から最大2分50秒くらいに上げた。決められたメニューをこなすことが普通だった日々から、厳しくなった分、目標に到達できない日も出てきた。当然、思うような練習ができないと落ち込むこともあった。しかし練習にテーマを持つことで、心の安定を目指した。

「『きょうはこなすだけでいい、心を折らなければいい』といったテーマを定めたときは、こなせなくても落ち込みません」。それでもうまくいかないときは、メニューを立てる父と衝突することもある。「気兼ねなく言える関係でストレスはないですが、逆にケンカになることもあるので、難しいです。でも言えないより言える方がいいのかな」。

2人で取り組んできたことは、結果に表れた。3000mで8分41秒35 をたたき出し18年ぶり、1500mでは4分5秒27 の14年ぶりとなる日本記録更新を果たしたのだ。「練習の方がしんどかったと思います。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で多くの大会が中止になった後だったので、走ること自体が楽しく、また楽しく走るとそこに成績もついてきてと、いいことが回っていた状態でした」。

自分が頑張れたと胸を張れるような走りがしたいと意気込む田中(所属先提供)
自分が頑張れたと胸を張れるような走りがしたいと意気込む田中(所属先提供)

同郷の先輩の言葉を胸に、「誇りを持てる何かがしたい」

3000mの前日本記録保持者は福士加代子、そして1500mは小林祐梨子さんとそれぞれオリンピック出場経験選手の記録を破った。特に小林さんは同じ兵庫県小野市の出身で、大学時代には実業団に所属しながら競技に挑んだ。田中も現在、大学生と実業団が母体のクラブチームランナーという二足のわらじを履く。そんな先輩を「本当のお姉さんみたいな存在」と慕い、助言をもらうこともあるという。

「祐梨子さんから、選手時代に様々な葛藤があったことや、走ることが楽しくて仕方がない時期があったと聞きました。それは私と重なる部分も多く、『誰もが同じような思いをするんだな』と安心材料になりました。私が記録を抜いたときも、自分のことのように喜んでもらえたので、とても嬉しかったです」

田中は内定を得ている5000m以外でも、複数種目にチャレンジしている。5000mに必要なスピードを800mで、スタミナを10000mで養う。世界トップレベルの選手は、田中の800mの自己ベストくらいのタイムで5000mのラスト2周を走り切るという。800mに挑むことはそこへのイメージづくりに役立つ。また10000mでは心身両面のスタミナ強化を目指す。

そんな中で理想に掲げるのは、2019年の世界選手権で1500mと10000mの2冠に輝いたオランダのシファン・ハッサンだ。「かけ持ちは大変そうですが、やり遂げた後の達成感はすごくありそう。そういった自分に誇りを持てる何かがしたいと思います」。大舞台で複数種目にチャレンジする姿も期待される。

東京2020大会へ向け、「どんな状態でも、しっかり自分が頑張れたと胸を張れるような走りを絶対にしたいです。それには単なる強さだけではなく、心の強さも必要になってくるので、夏までに作り上げます」と意気込む。田中はきょうも「強さ」を追い求めて走り続ける。