競泳 大橋悠依のAthlete Journey 「どん底」を2度味わった経験が自分を強くした

BUDAPEST, HUNGARY - JULY 24:  Yui Ohashi of Japan celebrates silver in the Women's 200m Individual Medley Final  on day eleven of the Budapest 2017 FINA World Championships on July 24, 2017 in Budapest, Hungary.  (Photo by Clive Rose/Getty Images)
BUDAPEST, HUNGARY - JULY 24: Yui Ohashi of Japan celebrates silver in the Women's 200m Individual Medley Final on day eleven of the Budapest 2017 FINA World Championships on July 24, 2017 in Budapest, Hungary. (Photo by Clive Rose/Getty Images)

2017年以降、コンスタントに結果を残す

「年間通して厳しいトレーニングを積んでいるので、最近はベースとなる泳ぎが安定していると感じます。大崩れせずに高いレベルで泳げるのも、練習の成果がしっかり出ている証拠ですし、200mも400mも日本記録を持っているので、個人メドレーでは簡単に負けられないという気持ちもあります」

大橋悠依は、世界でコンスタントに結果を残せている理由をそう語った。女子400m個人メドレーで、清水咲子が保持していた従来の記録を3秒以上更新する4分31秒42の日本新記録を出したのが2017年4月の日本選手権。リオデジャネイロ2016オリンピックの銅メダルに相当するタイムで、「まさか(4分)31秒台が出るなんて思っていなかった」という大橋は、個人メドレーで一気に世界レベルの選手として台頭した。

同年に初出場した世界選手権では200mで銀メダル、2019年の同大会でも400mで銅メダルを獲得。2018年のパンパシフィック水泳選手権やアジア競技大会でも金メダルを手にしており、東京2020オリンピックでは表彰台入りの有力候補に挙げられている。

世界のトップへ向けて、順調な歩みを見せている大橋だが、一方でこれまでの競技人生において2度の「どん底」を経験した。もがき、苦しんだその経験こそが、今の大橋を形作っている。

世界選手権で2大会連続メダルを獲得するなど、2017年以降、大橋はコンスタントに結果を残している
世界選手権で2大会連続メダルを獲得するなど、2017年以降、大橋はコンスタントに結果を残している
2018 Getty Images

日本選手権で最下位、不調の原因は「貧血」

最初のどん底は、大学1年の終わりから2年生になった2015年。疲れやすく、練習を重ねてもタイムがどんどん落ちていくが、その理由が分からない。同年の日本選手権では200mで全選手中最下位となる40位に終わるなど、光が見えない状態だった。

半年ほどそうした状況が続く中、病院で検査をしてみたところ貧血と判明。その後、投薬治療や食生活を改善した効果もあり、体の調子が良くなると、タイムもそれにつれて伸びてきた。リオ2016大会の最終選考を兼ねた2016年の日本選手権では200mで5位、400mで3位という結果を残し、翌年の同大会では前述のとおり、400mで日本記録を大幅に更新する快挙を成し遂げた。

「2015年は本当にどん底でした。ただ貧血が原因だと分かって、体の調子が良くなってからは、『リオの選考会では絶対に決勝に残りたい。絶対に自己ベストを出したい』という気持ちが出てきたんです。そういう強い意欲が湧いたのは初めてだったので、この経験は自分の競技人生におけるターニングポイントだったかもしれません」

苦しい状況を乗り越えることで、選手として、人間として成長する。大橋はそれ以降、加速度的に自身の記録を更新していった。2017年の世界選手権では銀メダルを獲得した200mで2分7秒91、2018年の日本選手権では400mで4分30秒82と、現在も破られていない日本記録をマークし、個人メドレーのトップ選手として君臨している。

200m、400m共に女子個人メドレーで日本記録を保持。トップ選手として君臨している
200m、400m共に女子個人メドレーで日本記録を保持。トップ選手として君臨している

自信を持たないで泳ぐことは、自分に失礼

しかし、トップの選手になればおのずと結果や記録を求められ、無意識のうちに自分で重石を乗せてしまうこともある。「緊張しやすく、いろいろなことを想像して勝手に不安を作り出してしまうタイプ」だという大橋は、2019年に再びどん底に陥った。

「自分自身でプレッシャーを作り出して、それを感じてしまっていたんです。2015年の貧血を乗り越えたときは、『この先こんなに苦しいことはないだろう』と思っていたんですけど、2019年も同じくらい苦しかった。貧血は体の状態なので、原因が明確じゃないですか。でも2019年は、体の状態がすごく良いのに、タイムが出ない。メンタルの問題が大きかったので、答えが見えない状況という意味では、2015年よりもきつかったもしれないです」

2019年の世界選手権では、200mで泳法違反により失格の憂き目に遭った。涙に暮れ、気持ちをどう立て直していいか分からない中、大橋はある言葉によって救われる。

「自分が頑張ってきたことに対して、自信を持たないで泳ぐことは、自分に失礼だよ」

大橋が「競泳界のおかん」と慕う、日本水泳連盟の村松さやかさんが、落ち込む自分にかけてくれた言葉だ。「あれこれ考えるのはやめて、純粋に自分がやりたいレース、メダルを取りたいという気持ちだけを持って泳ごうと切り替えられたのは大きかったですね」。そう振り返る大橋は、その後に行われた400mで見事に銅メダルを獲得した。

2019年の世界選手権では200mで失格の憂き目に遭ったが、周囲のサポートもあり400mでは銅メダルを獲得
2019年の世界選手権では200mで失格の憂き目に遭ったが、周囲のサポートもあり400mでは銅メダルを獲得
2019 Getty Images

いろいろなことを感じながら成長できた

世界を舞台に戦う選手にとって、こうした試練は誰もが一度は通る道なのかもしれない。大橋はそれを理解した上で、2015年以降の競技人生を振り返る。

「そういう苦しんだ時間があったからこそ、自分がやりたいレースをきちんと決めて、それを実行することに集中する方が、良い結果を出せるということにあらためて気づきました。うまくいくことばかりじゃないですけど、この1年くらいは自分の考えもしっかりしてきましたし、競技をやっている意味や今後どうしていきたいのかなど、いろいろなことを感じながら成長できた期間だったなと思います」

東京2020大会で金メダルを狙うには、200mは2分6秒台、400mは4分30秒を切るタイムが必要とされる。リオ2016大会で両種目を制し、世界選手権でも3連覇中で「鉄の女」の異名を持つカティンカ・ホッスー(ハンガリー)らライバルは強力だが、大橋は「ベースの部分を積み上げ、自分の持ち味でもある、水の抵抗を受けない長いストロークを磨いて、パワーに勝てる泳ぎにしたい」と力を込める。

現在25歳の大橋にとって、東京2020大会は「年齢的にも最大かつ特別な舞台」。競技人生の中でも一番の泳ぎができれば、必然的に良い色のメダルが近づくはずだ。2つのどん底を乗り越え、そのたびに強くなってきた大橋は、自らを信じ、スタート台に立つ。

どん底の状態を乗り越え、東京2020大会では最高の泳ぎを披露する
どん底の状態を乗り越え、東京2020大会では最高の泳ぎを披露する

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