吉田愛 人生を懸けてきたオリンピック、正解のない海に挑みながら

東京2020大会への出場を内定させているセーリング470級の吉田愛(右)。4度目の東京で初のメダル獲得を目指す
東京2020大会への出場を内定させているセーリング470級の吉田愛(右)。4度目の東京で初のメダル獲得を目指す
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オリンピックを目指しながら、結婚・出産も

「私の人生をすべて懸けてきた大会なので、特別です」

北京2008、ロンドン2012、リオデジャネイロ2016と3大会に出場し、東京2020大会への出場を内定させているセーリング470級の吉田愛は、オリンピックについてそう語った。

小学生からヨットに乗り始め、大学生になって「世界で一番になりたい」と全長470cmの小型ヨット「470(ヨンナナマル)」に乗るようになって以来、吉田はオリンピックとともに歩み続けてきた。

出場を目指して練習に明け暮れた北京までの日々、27歳のとき夢見心地で挑んだ北京は14位に終わった。その悔しさで、1日も休まず、毎日10kmを走り7時間海に出たロンドンまでの4年間。しかし、31歳で出場したロンドンでも14位と結果を出せず、吉田は挑み続ける自信を失った。

4カ月ほどの休みがあり、その間に「セーリングは自分の生きがい」だと気づき、「またやりたい」と再び走り出した。ロンドンからリオまでの間には、2013年に10歳年下の吉岡美帆と「よしよしペア」を結成、所属先のサポートもあり自らの考えでチームを作れるようになった。また結婚し心の支えもできた。

吉岡の見本になろうと頑張った成果も出て、35歳で出場したリオで5位入賞を果たすと、リオ後は、東京のために「できるだけ早く授かって、復帰しなきゃ」と出産を考え、2017年に長男を出産。そして今、ママさんセーラーとして東京でのメダル獲得を目指している。

「オリンピックを目指そうと思ってから、4年周期で自分の人生プランを考えてきて、計画通りにいって、ちょっとびっくりしているところもあるんですよね。オリンピックのおかげで、充実した毎日を送らせてもらっています」。そう言って笑った。

35歳で出場したリオ。「よしよしペア」は5位入賞を果たした
35歳で出場したリオ。「よしよしペア」は5位入賞を果たした

戦略やテクニックを磨けば、男子選手にも勝てる

吉田は現在40歳。470級の舵取りとメインセール(一番大きな帆)の操作を担うスキッパーとして、約20年日本、そして世界のトップにいる。それほど長くセーリングを続けられているのは、「自然が相手で、同じ海でも一日一日違って、正解がない」からだという。

「失敗もあるし正解もある。海ならではの楽しさです。失敗したら次こそ頑張るという気持ちになる。だからやめられないんです」

「470」が自分に合っていたことも幸いした。

「私は特別、運動神経や頭がいいわけでもないんですが、自分にすごく向いているって思ったんです。セーリングって、戦略やテクニックを磨いていくと男子選手にも勝てる。私は160cmで小さい方ですが、『470』に乗ったときに、これだったら私でもできる、世界と戦えるって思って」

実際、よしよしペアは、2019年の全日本選手権でも男子を抑えて優勝している。

「女子でトップに入るためには相当なトレーニングや努力が必要ですが、そういう『積み重ねること』も得意なので、ずっとトップでいられるのかなと思います」

2013年に10歳年下の吉岡美帆と「よしよしペア」を結成
2013年に10歳年下の吉岡美帆と「よしよしペア」を結成
吉田選手提供

夫がコーチに、公私ともにサポート

結婚と出産を経験して、変わったこともあった。周りに頼れるようになったことだ。

「出産するまでは、自分のために頑張るという感じで、時間も自分のためだけに使えましたが、出産してからは予定通りにいかなくなって。私は一人でいろいろ背負う性格ですが、頼るようになったらみんなが助けてくれて、すごく楽になりました」

同じように競技でも年下の吉岡に頼れるようになった。そうしたことで、2人のコンビネーションがさらによくなった。

同じ470級でロンドン2012大会に出場した吉田雄悟さんを伴侶に得て、出産後からコーチとして競技のサポートも受けられるようになったことも大きな変化だ。最高峰のヨットレース「アメリカズカップ」に挑戦した雄悟さんは、ベテランセーラーたちの中で学んだことなどを練習に取り入れた。天候やシチュエーションごとのやるべきことや課題を100項目ぐらい洗い出し、練習後や試合後に2人で一つずつ確認し合うようになった。

「私はうまくいってると思っても吉岡選手はそうでないと感じていたり、感覚の違いにも気づけていいなと思いました。コミュニケーションも増えました。それに穴がないというか、あらゆる状況を想定して練習することで、レース本番がどういう状況になってもイメージできるし、安心できます」

ペアの完成度も上がり、2018年の世界選手権で日本女子初の優勝を果たすまでに成長
ペアの完成度も上がり、2018年の世界選手権で日本女子初の優勝を果たすまでに成長
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実際に結果も出ている。産後4カ月で出場した2017年10月のワールドカップで2位になり、2018年の世界選手権では日本女子初の優勝を果たした。そして2019年の同大会で準優勝し、東京2020大会の出場権を勝ち取った。

「同じモチベーションで同じ目標に向かっていくってことがすごく大事だなって。そうすることで達成に近づく。吉岡選手とやる中でそれが現実的に見え始めて、自分たちでもびっくりするくらい目標通り進めています」

女性としての人生も目標通りに進むことができた。だからこそ、一つの見本として、「私みたいな選択肢もあるよ」と後輩たちへ思いを語る。

「もしそうしたいという思いがあるなら、女性としての生き方も諦めないで。結婚や出産は競技をやりながらもできるから」

母になり、セーリングをする子どもたちへの思いも強くなった
母になり、セーリングをする子どもたちへの思いも強くなった
吉田選手提供

メダルを取り、みんなが笑顔で終われる大会に

選手としても女性としても充実して迎える4度目のオリンピック。「セーリングは種目で1チームしか出られない狭き門。日本を背負って出場する大会だからこそ頑張りたい」と覚悟を強くする。さらには母になり、「子どもたちにオリンピックを目指してもらいたい」という思いも増した。

「競技ができる環境に本当に感謝しています。いろんな方に助けてもらって今があると思うので、笑顔で終われるような大会にしたい。悔いなく終われるように」

江の島の海で、吉田が舵を取るその先に望むのは、人生を懸けてきたオリンピックのメダルだ。

笑顔で終われる東京2020大会にしたいと願いながら、今日も海に
笑顔で終われる東京2020大会にしたいと願いながら、今日も海に
吉田選手提供