バレーボール 石井優希のAthlete Journey 芽生えたエースの覚悟、自信と強さを手に

2度目の東京2020オリンピックで、オールラウンダーとして攻守で活躍を誓う石井優希
2度目の東京2020オリンピックで、オールラウンダーとして攻守で活躍を誓う石井優希
石井優希のAthlete Journey
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笑顔が似合う「スマイルアタッカー」

石井優希のトレードマークは笑顔だ。調子が上がらないと、ときに少し陰ることもあるが、アタックを決めたり勝利したときには、本当に嬉しそうに笑う。

それでも以前は、日本代表の中田久美監督が話していたように、「しゃべらないし笑わない子」だった。それが今では一人でインスタライブを行い、にこやかにファッション雑誌にも登場する。

「一番変わったのは自信かな。苦しいこともいろいろ経験してきたことが自信になっているんだと思います。今は新型コロナウイルス感染症の影響で試合を見に来られない人やストレスを抱えている方がいるので、バレー以外でも何かできないかな、SNSを使って情報を届けられたらと思って。いろいろできて楽しいです」。そう言ってほほ笑んだ。

オールラウンダーへと変えたあの日の屈辱

経験が人を成長させる――。振り返ったとき、思い出されることが2つある。

一つは、あの日の屈辱だ。石井は2011年に19歳で日本代表に初めて選ばれ期待されたが、サーブレシーブに難があり、ロンドン2012大会の代表には入れず、その後の国際大会でも「攻守のバランスの取れた選手になりたい」という思いとは裏腹に、攻撃を主とするオポジットやリリーフサーバーでの起用が続いた。当時、久光製薬スプリングス(現・久光スプリングス)を指揮していた中田監督は石井をサーブレシーブのできるアウトサイドヒッターに育てようと、先発で使い続けた。

リーグを連覇し自信がつき始めた頃、それは起きた。2014/15シーズンの国内リーグ、久光はレギュラーラウンド1位、ファイナル6でも無敗と他を圧倒しながら、一発勝負の優勝決定戦で敗れ、優勝を逃した。石井がサーブで狙われ崩され、さらに攻撃でも17.8%のアタック決定率しか挙げられなかったことが敗因の一つだった。

「私が崩れなければ、チームは勝てると思って……」。その日の悔しさを胸にサーブレシーブを猛特訓した。次のシーズンでも狙われ続け、リーグ最多の899本(ファイナルラウンドを含めると1203本)のサーブを受けたが、もはや大きく崩れることはなく、皇后杯で前リーグの雪辱を果たし、リーグ優勝も奪い取った。レギュラーラウンドのサーブレシーブ成功率は名手の新鍋理沙、木村沙織らに続く4位と誇れるものだった。

「それまでは狙われることに対して嫌だったし、『来ないで』というマイナスの考えでした。でも、たくさん受けるようになってからは考え方も変わって、気持ちが楽になりました」。アウトサイドヒッターとしての評価も上がり石井はリオデジャネイロ2016大会の代表を勝ち取り、木村の対角で先発出場を果たした。

初出場したリオデジャネイロ2016大会では、長岡望悠と並ぶチーム最多得点を挙げたが、納得はできなかった
初出場したリオデジャネイロ2016大会では、長岡望悠と並ぶチーム最多得点を挙げたが、納得はできなかった

長岡のけがをきっかけに「エース」へと

もう一つは、東京2020大会へスタートを切った矢先の2017年3月、長岡望悠が左膝前十字靭帯断裂という大けがを負ったことだ。

その頃の石井は、監督や周りからの目を気にすぎて焦り、調子を落とし、ワールドグランプリやアジア選手権のメンバーから外れ、インタビュー中に涙を流すほど弱気になっていた。中田監督が「石井はいつになったらやってくれるんだろう。バレーをずっとやれるわけじゃないんだよ、現役終わってしまうよ」と心配そうに話すほどだった。その状況のまま久光に戻りリーグを迎えたが、頼れる長岡はいない。ここ1点欲しいという場面ではほぼ全て、自分にトスが上がってきた。

「それまでは勝負どころでは、私が前衛にいても長岡のバックアタックで助けてもらっていた。でも、もうできない。『私が決めなきゃ』という強い思いが芽生えてきました」。覚悟が決まってからは、結果も伴うようになった。

2017/18シーズンの国内リーグでMVP、ベスト6、レシーブ賞を手にし、オールラウンダーとしての力を証明すると、世界でも、2018年の世界選手権で、途中出場ながら活躍し最後には先発の座を勝ち取った。翌年のワールドカップではほぼ全試合に先発出場。総得点、スパイクレシーブ6位、サーブレシーブ5位と世界のトッププレーヤーと肩を並べる数字も残した。

2017/18シーズンの国内リーグでMVP、ベスト6、レシーブ賞に輝いた石井
2017/18シーズンの国内リーグでMVP、ベスト6、レシーブ賞に輝いた石井

自分から「エース」と口に出すようになったのはその頃からだ。「ダブルエース」と古賀紗理那、黒後愛がフィーチャーされる中、2人を認めながらも、ディフェンスやトータルでは自分の方が、と悔しさがあった。

ずっと変わりたいと思ってきた。「強い選手になりたい」と願ってきた。控えに甘んじていた自分、誰にも負けたくないと心の中で思っていても表現できない自分、遠慮がちな自分、そして弱い自分……。足りなかったのは自信と、エースとしての覚悟、そして「強さ」。国内リーグを5度、皇后杯を6度制したプライドとともに、それらは今、石井の中にある。

「強い選手になりたい」と願ってきた石井。経験で得た強さを武器に夢に向かう
「強い選手になりたい」と願ってきた石井。経験で得た強さを武器に夢に向かう

リオの悔しさを晴らし、メダルを

初めて出場したリオは、直前にけがをした影響もあり、納得のいくプレーができなかった。準々決勝でようやく自分らしさが戻り、最多得点を挙げたが、当時世界ランク1位のアメリカに敗れ5位に終わった。その直後、「悔しいです。オリンピックは、気持ちが強くないと勝てない場所だと改めて思いました。これからは自分が引っ張っていくという強い気持ちでやります」と語った。

あの日から、東京2020大会への道は始まっている。

「ずっと東京オリンピックのためにやってきたので、勝利のためにどんな役割であっても徹したい。ここっていうときに頼られる存在でありたい。オリンピックは特別な大会で、しかも東京、バレーボールって面白いって感じてもらえるような試合をしたいし、思い続けてきた強い思いを出して、メダルという結果を残したい。自分の人生のためにもやり抜きたいと思います」

エースに与えられた使命は、1点でも多く決めること
エースに与えられた使命は、1点でも多く決めること
(c)JVA

1年延期になったことで、一度は諦めかけた、長岡とまた一緒にオリンピックの舞台に立つという願いもかなうかもしれない。そこにはもうリオのような少し不安げな石井はいない。自信を手に、より強くなったエースは大舞台のコートを輝きながら駆けめぐることだろう。より逞しく、堂々と、そして笑顔で。

東京2020オリンピックでも、トレードマークの笑顔をいっぱいに咲かせて
東京2020オリンピックでも、トレードマークの笑顔をいっぱいに咲かせて
(c)JVA

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