陸上 山縣亮太のAthlete Journey 試練にも屈しない「成長力」で道をひらく

9秒台を視野に捉えながら……

「いやぁ、『さらなる辛抱の時間』という感じですかね」

リオデジャネイロ2016オリンピック以降の4年半について、山縣亮太は苦笑いを浮かべながら、こう表現した。陸上競技男子100mと4×100mリレーで過去2大会連続出場。リオ2016大会では4×100mリレーの第1走者として、銀メダル獲得に大きく貢献した。その山縣は以前、ロンドンからリオまでの4年間について「辛抱の時間だった」と語っている。ハムストリング、腰、股関節とケガが相次ぎ、2015年に行われた世界選手権の出場を逃すなど、アスリートとして伸び盛りの20代前半は、厳しい時期が続いていたからだ。

それでも2016年はコンディションを整え、オリンピックの出場権を獲得。100mでは準決勝で自己ベストを更新する10秒05をマークし、4×100mリレーでも会心の走りを見せた。当時24歳で、成熟度が増していくこれからのことを考えれば、100mでの9秒台も当然、視野に入ってくるはずだった。

しかし、リオ2016大会から4年半が経過した現在、山縣はまだ9秒台に届かずにいる。自己ベストは10秒00。その間、桐生祥秀(9秒98)、サニブラウン・アブデル・ハキーム(9秒97)、小池祐貴(9秒98)の3人が10秒の壁を突破した。ライバルたちが記録を伸ばしていく焦燥、そしてここ2年間ケガで離脱した歯がゆさが、冒頭の言葉につながっているのだ。

リオ2016大会では男子4×100mリレーで銀メダルを獲得
リオ2016大会では男子4×100mリレーで銀メダルを獲得

技術がうまくハマり、日本人選手に対しては無敗

もっとも2018年は、好調さが際立っていた。日本選手権では100mで5年ぶりとなる優勝を果たすなど、日本人選手に対しては無敗。8月のアジア競技大会では100m決勝で10秒00をマークし、銅メダルを獲得した。

「2018年は走りの技術がうまくハマった年でした。夏くらいまでは重心を前に持ってきていて、前傾を意識していたんですけど、それを意識し過ぎて問題になりかけたところで、今度は重心を後ろに置くようにしたんです。前に持ってきていた意識を後ろにしたことで、秋にはちょうどそれが真ん中になり、バランスが取れるようになりました」

実際に山縣は、同年9月に行われた全日本実業団対抗陸上競技選手権大会の決勝レースを、自身の理想に一番近い走りとして挙げる。タイムこそ10秒01だったが、重心のバランスが保たれ、加速につなげた後半は後続を一気に引き離した。

「このレースは1つの完成形に近い走りでした。細かい部分ではスタートして顔がすぐに上がってしまったとこともあり、100点ではないんですけど、大きな視点で見れば体の出来も走りも良かったと思います。あとはアジア大会の決勝も、技術レベルとしては全日本実業団よりは下がりますが、そのとき出せる90%以上の力を発揮できたので、すごく良いレースでしたね」

2018年は走りの技術がうまくハマり、日本人選手に対して無敗だった
2018年は走りの技術がうまくハマり、日本人選手に対して無敗だった

困難を乗り越える過程を楽しんでさえいる

ただ、一転して2019年以降は試練が続いた。前年の後半から重心を後ろに置いた走りを意識していた影響もあってか、背中に違和感が生じ始め、シーズンが本格化してからも調子が上がらず。同年6月の日本選手権直前には肺気胸を患い、大会の出場を断念した。その後も11月に右足首のじん帯断裂という重傷を負うなど、アクシデントが続き、2020年も右膝の負傷で日本選手権出場を見送った。

「結果が出なかったので、焦りやもどかしさを抱えながら日々を過ごしていました」と、山縣はこの2年間を振り返る。一方で自身の課題を克服するための取り組みには、満足している自分もいた。

「結果を残すことはできなかったんですけど、自分の中で確実に変化を感じている部分はあったんです。それがまた新たなケガを引き起こしてしまったので、今度はそのケガをしないためにどうすればいいのかを考えています。記録自体は進んでいませんが、僕としては一歩一歩積み重ねて進んでいて、そういう自分の成長を楽しみながらやっていますし、その時々で納得感を持ちながらできていました」

傍目(はため)から見れば不運が続き、9秒台を期待する声と現状には、大きなギャップがあるように映る。しかし、山縣に悲観する様子はなく、むしろ状況をポジティブに捉え、困難を乗り越えていく過程を楽しんでさえいる。そこには走りを改善するためのヒントが隠されているからだろう。自ら進化を促していくその「成長力」は、特筆すべきものがある。

ケガが相次ぎ、9秒台には届いていないが、自分の成長を楽しみながら日々練習を積み重ねている
ケガが相次ぎ、9秒台には届いていないが、自分の成長を楽しみながら日々練習を積み重ねている

やれることはまだある、それを1つの希望に

目標とする9秒台を出すためには、何が足りないのか。山縣は現在それを模索しており、体の動きを変えていくことに、可能性を見いだしている。

「走る動作をしていく上で、ものすごいストレスが足関節と膝関節にかかります。そこにできる限り負担をかけないようなアライメント(骨や関節の配置)や体の配置があるので、それを意識しないといけないし、その関節の位置を正しい場所に持っていくためには、どういう筋力を鍛える必要があるのかを常に考えています」

記録が伸びるにつれて、向き合うケガの度合いも上がってきた。それが治るまで、そしてそこから筋力を戻していくにも時間がかかる。走る動作を変えるにしても、癖から修正していく必要があるため、労力を要する。9秒台を出せる感覚が「理想」であれば、その負担に耐えられない今の体は「現実」だ。ギャップは大きい。

「でも、やれることはまだあるので、それを1つの希望にしていくしかないと思っています。100mは身体感覚が求められる競技で、体から出ている微妙なサインを見逃すと、すぐケガをしたり、パフォーマンスを崩すことにつながります。それが難しさでもあるんですけど、そこをクリアしていくのもまた楽しいんです」

葛藤はこれからも続く。「辛抱の時間だった」ロンドンからリオまでの4年間。しかし、そのあとに待っていたのは4×100mリレーでの快挙だった。リオ以降、「さらなる辛抱の時間」を過ごす山縣は、これまで以上に強くなり、東京の地でも真価を示してくれるはずだ。

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