津波被害を受けた母校跡地にスタジアム、楕円球が世界と3.11つなぐ 岩手県 川崎杏樹さん

釜石鵜住居復興スタジアムに立つ川崎杏樹さん(本人提供)
釜石鵜住居復興スタジアムに立つ川崎杏樹さん(本人提供)
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2011年3月11日に発生した東日本大震災から今年で10年。復興へと歩みを進める中、スポーツの力を感じ、それとともに日々を過ごしてきた人々がいます。岩手県釜石市の津波伝承施設「いのちをつなぐ未来館」で語り部として勤務する川崎杏樹さんは、釜石東中学校2年生のときに震災を経験。津波被害にあった母校の跡地は、釜石鵜住居復興スタジアムへと生まれ変わり、ラグビーワールドカップ2019日本大会の会場の一つになりました。

かつての教訓生かして減災に

東日本大震災の発生時、川崎さんはバスケットボールの部活動を前に、体育館で準備運動をしていました。

「当時は頻繁に地震があったので、『またか』くらいの感覚だったのですが、立っていられないくらいの揺れに変わってきて、その場にしゃがみ込みました。そして津波が来るかもしれないと、揺れが収まると避難し始めました」

釜石東中学校では、かつて三陸が地震による津波で被害を受けたことから、火災などに加えて津波を想定した避難訓練も実施していました。生徒はすぐに校庭へと集まり、高台に避難しました。

「学校から800mくらい離れているところが、避難場所となっていました。そこのすぐ隣が山なのですが、地震で大きく崩れていたんですね。それを見た近所の方が『ここまで崩れているのを見たことない。もしかしたら、とんでもないことが起きるかもしれない』と、先生に話してくださったそうで、さらに高台へと避難しました。そこに着いて、点呼を取ろうとしていたときに津波がやってきました。だいたい発生から30分くらい。津波は私たちの真下まで来ていました」

その後移動を繰り返し、最終的に市内の廃校で一夜を明かした川崎さん。家族全員が顔を合わせたのも一週間後と、当時の混乱を物語ります。一方で同中学校では当日出席していた生徒の中に、犠牲者はいませんでした。このことは、普段から津波を意識した防災教育の成果と言われています。

中学生当時の川崎さん(写真右・本人提供)
中学生当時の川崎さん(写真右・本人提供)

ワールドカップ開催が復興への一歩

それから10年、釜石の街には新たな建物が立ち、街並みや雰囲気は変わりました。そして釜石東中学校の跡地には「釜石鵜住居復興スタジアム」が建設され、ラグビーワールドカップ2019日本大会が行われました。川崎さんは、「開催地決定が釜石市復興の一歩になったのでは」と話します。

「気持ちの面で復興への一歩といえる出来事は人それぞれかと思いますが、釜石市として見たとき、2015年に開催地が決定して、スタジアムの建設や交通整備が加速していきました。ラグビーワールドカップは釜石市にとって大きな出来事だったと思います」

スタジアムは思い出の詰まった母校の跡に作られました。「この話を最初に聞いたときは、自分たちの校舎がなくなるんだという、寂しさがありましたね。でもスタジアムで試合が行われ、たくさんの方々がいらっしゃる。それが人々にとって、震災と向き合うきっかけになってくれたと考えると、スタジアムができた意味は大きかったと思います」。

ワールドカップ開催中は市民が一丸となって「おもてなし」。会場周辺では大漁旗を振って、ファンを出迎えました。川崎さんはパブリックビューイングでの観戦でしたが、「私たちの通っていた学校があったところで、世界のトップが戦ったということは誇らしいことです」と胸を張ります。

ラグビーワールドカップ期間中には、東日本大震災のことを伝える活動も行われました(川崎さん提供)
ラグビーワールドカップ期間中には、東日本大震災のことを伝える活動も行われました(川崎さん提供)

スタジアムで語り部も、スポーツから被災地のこと知る

川崎さんは2020年からスタジアム近くの津波伝承施設で、東日本大震災の語り部として勤務しています。来館者には、ラグビーを通じて釜石市に関心を持ち、訪問する中で施設を見学していく方もいます。またスタジアムでガイドをすることもあり、「あの辺りに校舎があって」と説明をすると、「ここは学校だったんだ」「スタジアムにはそんな背景があったんだ」と驚かれるそうです。

「世界中の人と東日本大震災を個々で考えると、接点は生まれづらいのですが、その間にラグビーというスポーツが入ってくれたおかげで、鵜住居復興スタジアムと震災をセットで知っていただけました。また選手の方も、ここでの出来事や、自分たちはこんな思いで試合をすると発信してくれました。スポーツは人と釜石、東日本大震災をつないでくれたと思います」

スポーツの力に触れたからこそ、復興オリンピック・パラリンピックである東京2020大会にも思いを寄せます。「ラグビーワールドカップのときと同様に、東日本大震災のことや、日本の災害についてあまり知らないという方々が、そこに触れていただく機会につながると思います。だからこそ、私たちもしっかりそこを意識し、伝えていかなくてはいけません」。

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東日本大震災の語り部を務める川崎さん(本人提供)
東日本大震災の語り部を務める川崎さん(本人提供)

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