東日本大震災から10年に寄せて 橋本聖子会長メッセージ

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東北地方を中心に未曾有の被害をもたらした東日本大震災の発生から、本日で10年を迎えました。この震災で犠牲となられたすべての方々に対し、謹んで哀悼の意を表します。ご家族やご友人を失われた方々のお気持ちを思うと、本当に胸が痛みます。被災されたすべての方々に心よりお見舞いを申し上げます。

この東京2020大会の招致がはじまったのは、2011年の夏でした。震災直後、多くの人々が苦しんでいるときに自分たちがスポーツをしていて良いものかと、悩んでいたアスリートが数多くいた頃の話です。招致活動に対して賛同されなかった方も、少なくはありませんでした。

一方で、この頃から、何とか被災地の方の力になりたいと、自発的にアスリートが東北を訪れるようになりました。日本のスポーツ界も様々な復興支援活動に取り組むようになり、私自身も多くのアスリートとともに、元気を届けようと、被災地を訪れる機会が増えるようになりました。実際には、我々アスリートの方が、地元の方々から、たくさんの元気をもらうことも多かったです。今日まで続いているこの経験は、アスリートと日本のスポーツ界にとって、かけがえのない経験となりました。社会における自らの役割と、スポーツの力を再認識するきっかけとなったのです。

2011年夏のFIFA女子ワールドカップにおいては、被災地からいただいたエールでチームが結束し、日本のなでしこジャパンは優勝して、多くの皆さんに元気を届けてくれました。翌年のロンドンオリンピック・パラリンピックにおいても、奮起した日本選手の大活躍が多くの人々の希望となり、被災地においても、帰国した地元の選手たちをあたたかく迎えていただきました。

やがて、「スポーツの力」は、招致活動においても大きなテーマとなり、震災復興への貢献は、この東京2020大会の源流たる由縁となりました。この当時、少しずつですが、オリンピック・パラリンピックを日本で開催することに、賛同を得られるようになってきました。被災地をはじめ、多くの皆さまの心強い支援を得ることができ、大会の招致が決定いたしました。

招致決定後も、今日に至るまで、私たちは、今なお復興に大変なご苦労をされている方々に、少しでも元気や力を届けたいと、様々な活動に取り組んで来ました。

被災地でも競技をと、宮城・鹿島ではサッカー予選、福島では野球・ソフトボールを開催することになりました。昨年、ギリシャで採火されたオリンピック聖火は、宮城県松島基地に到着し、その後、復興の火として被災3県で巡回展示を行い、多くの方にご覧いただきました。今月25日に始まるオリンピック聖火リレーは、福島を出発し、また、少しでも長く被災地を聖火リレーできるよう、福島、岩手、宮城の3県については3日間ずつ走行することになっています。このオリンピック聖火リレーのコンセプト「希望の道を、つなごう。」は、震災復興に貢献したいという、組織委員会の思いが詰まったテーマとなりました。

新型コロナウイルス感染症の影響で、私たちは前例のない大会延期を経験していますが、このコロナ禍においては、再びスポーツが社会におけるその役割を問われているように思います。この10年間、スポーツ界が経験してきたことを忘れることなく、そして、復興への貢献の決意をあらたに、安全で安心な東京2020大会の開催を通じ、コロナによって分断された世の中において、人々の繋がりや絆に貢献し、社会における役割をしっかり果たしていきたいと思います。