原希美、仕事と両立「支えられていること」知る 二足のわらじを履くアスリートたち

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東京2020大会に出場する、もしくは出場を目指すアスリートの中には、競技者とは別のキャリアを築く選手がいる。ハンドボール女子日本代表「おりひめジャパン」で、キャプテンを務める原希美もその1人だ。日本代表ではエースポジションのレフトバック(左45度)を担い、三重県内の物流会社で勤務しながら国内リーグに参戦。「ハンドボール選手」と「会社員」という二足のわらじを履く原の生き方に迫った。

ハードな一日、慣れるのに苦労

「いろんな方の支えがないとハンドボールができないんだなと、感じています」

原は仕事と競技の両立について、こう答える。そんな29歳は、平日日中は物流会社の総務関係の部署で働き、夜は所属チームの練習に行く。代表合宿が入れば仕事を休んで参加し、キャプテンとして東京2020オリンピックに向けて、チームの結束を高める。

「今、働いている職場はハンドボールに理解があって、競技を優先して働かせてくれる会社です。年数的には結構経っていますが、合宿などで職場にいないこともあり、まだ『ぺーぺー』ですね(笑)」

原が担当している主な仕事は、顧客の受付業務や電話対応、パソコンでの事務作業。職場の配慮で午前中をトレーニングに充てる日もあるが、1日勤務の日は朝の8時10分から17時10分まで働き、その後18時半ごろから練習となる。大学卒業後、両立を始めた当初は、仕事後に練習というスケジュールに苦労した。また業務内容への理解が足りず、うまく電話の受け答えや対応ができないことにストレスを溜めていたという。

「1日働いてから夜練習という流れはきつく、体も『へとへと』になりました。『ハンドボールだけに集中できる環境にすれば良かったな』と後悔したこともありましたね。ただ、やっていくうちに仕事にも慣れてきましたし、職場で多くの方と接することで応援してくださる方もたくさん増え、この環境にして良かったと思います」

「職場でも応援してくださる方が増えた」という原
「職場でも応援してくださる方が増えた」という原
JHA/JUN TAKAI

選手であること知ってもらう

周囲に対しては、「笑顔」を心掛けた。そして職場で大切にしたのは、ハンドボール選手であることを知ってもらうこと。パンフレットを渡すなどして、アピールした。すると周りの反応も変わっていった。

「声を掛けてもらえる機会が増えました。職場の方々が、私がハンドボール選手だということを、周りのお客様に話してくださる機会もあり、いろんな方に知ってもらえるようになりました」

試合前後には同僚らから様々な声が掛かる。「負けるといろいろ言われますが、それも自分がハンドボールをやっているということを気にかけてくれている証拠。それをプラスに捉え、『次は必ず勝ちます』と奮い立たせています」。周囲の思いも胸に、競技に打ち込む。

小学校の卒業文集「オリンピックでメダルを取る」

宮崎県延岡市出身。姉の影響もあり、小学校3年生でハンドボールを始め、競技歴は20年近くになる。10代から日本代表を目指し、高校1年生のときにU-16に選出されて以降、各年代別代表を経験。「オリンピックに出たい」という思いを持ったのは当初から。小学校の卒業文集に「オリンピックでメダルを取る」と書くほどだった。

「当時はオリンピックに出るための予選を突破するのが難しく、日本が出場できていないというのも、知らなくて。ただオリンピックってスポーツをやる上で一番大きな舞台。そこに出たいという気持ちで書いたんだと思います」

ハンドボール女子日本代表は、東京2020大会がモントリオール1976大会以来のオリンピック出場となる。久々に迎える大舞台で、しかも地元開催だ。「ハンドボールを知らない方も競技を見る機会となり、注目してもらえるチャンスだと思います。私たちがしっかり結果を出すことで競技をメジャーにすることもできると思うので、そこは意識しています」と、本番に向けて気を引き締める。

デンマーク女子代表のコーチとして、同国の世界選手権3位などを経験したウルリック・キルケリー監督が就任した2016年から代表のキャプテンを務める。自分がキャプテンになるとは想像しておらず、「これで合っているのかな」と手探りする部分もあった。それでも監督の信頼に応えようと4年間、チームをけん引してきた。

東京2020大会をハンドボールに「注目してもらえるチャンス」と話す原
東京2020大会をハンドボールに「注目してもらえるチャンス」と話す原
JHA/Yukihito TAGUCHI
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けがとの戦い、新たな気づきも

しかし原にとってこの4年は、けがとの戦いでもあった。新監督就任直後に左膝の半月板を負傷し、2019年の世界選手権は右膝の前十字靭帯断裂で直前にメンバーを外れた。それまで大きなけがを経験したことのない原にとっては、苦しい日々だったが、新たな気づきもあった。

「私自身、当たり前にコートに立ってプレーすることが多かったので、試合に出られない人の気持ちが分からなくて。でも自分がそういう立場になったときに、チームは勝っているけど、コートに立っていないという複雑な気持ちを感じました」

特に2019年の世界選手権欠場は、「すごく悔しかった」という。それでも、以前所属チームのスタッフから言われた「コートに立っていなくても、その表情はみんな見ているよ」の言葉を大切に、笑顔を意識した。「キャプテンって影響力もあると思うので、どんな状況でも表情ってすごく大事だなと思っています」と、大黒柱としての思いを語る。

エースとして、東京2020大会へ

東京2020大会を自らのハンドボール人生の「集大成」にしたいという原。エースとして得点力が期待される。そのために重視するのは瞬間的な動きだ。自身の課題と捉え、「キレ」を出すためのトレーニングは欠かせない。また大柄な海外の選手を相手にすることから、その中で決定力向上や、ロングシュートを含めてシュートのバリエーションも増やしたいと考えている。

「ハンドボールをするのに、私一人の力では『できないな』と三重に来てすごく感じています。(所属先は)クラブチームでもあるので、たくさんの支援がないとやっていけないですし、職場の理解もないとできません。そして、それはハンドボールしかしていなかったら、感じられていないことですよね」

日本代表45年ぶりの大舞台では、キャプテンとして、エースとして、これまで支えてもらった方々への「恩返し」を誓う。

原は東京2020大会でこれまで支えてくれた方々への「恩返し」を誓う
原は東京2020大会でこれまで支えてくれた方々への「恩返し」を誓う
JHA/JUN TAKAI

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