パリ1924によって、オリンピック競技大会は広くアピールする主要大会としての地位を築き上げました。参加した各国オリンピック委員会の数も29から44へ増加し、1,000人を超すジャーナリストの存在が注目度の高まりを証明しています。
現在のような形の閉会式を初めて実施。IOCフラッグ、開催国の国旗、次期大会開催国の国旗が掲げられました。
1920年大会で金メダル3個を手にしたフィンランドの陸上選手パーボ・ヌルミは、さらに5個の金メダルを獲得。とりわけ7月10日のパフォーマンスは圧巻で、容易に1,500mを制した55分後、5,000mに出場してまたも栄冠を手に入れました。
アメリカの競泳選手ジョニー・ワイズミュラーが3冠を獲得しました。1928年大会でも2個の金メダルを手に入れたワイズミュラーは、その後に俳優へ転身。『類猿人ターザン』など12本のターザン映画に出演しています。また、イギリスの陸上選手エリック・リデルを主人公とし、オスカー賞に輝いたヒュー・ハドソン監督の映画『炎のランナー』によって、パリ1924は歴史にその名を残す大会となりました。
**参加国・地域数:**44
**参加選手数:**3,089(女子135、男子2,954)
**競技種目数:**126
**ボランティア:**不明
**メディア:**ジャーナリスト1000人
芸術性を競う競技が絶頂を極めました
この大会を最後に競技種目から除外、1988年大会に復活しました
この大会より、アスリートたちがオリンピック選手村(当時は木製の小屋)で宿泊するようになりました
初めての放送
観客数は625,000人、ジャーナリストは1,000人を数えました
パリ1924。フランスのアスリート、ジョルジュ・アンドレがオリンピック宣誓を行いました
ガストン・ドゥメルグ大統領
オリンピックの象徴である聖火台への点火は、夏季競技大会ではアムステルダム1928で初めて採用されました
ジョルジュ・アンドレ(陸上競技)
出場チームと獲得メダルの一覧はこちらから。
ブランド
メダル