サッカー日本女子代表“なでしこジャパン”。リオデジャネイロ五輪では、惜しくも出場権を逃してしまったが、その分、4年越しとなる自国開催の東京五輪で、彼女たちにかけられている期待は大きい。今年はFIFA女子ワールドカップフランス大会が開催されることもあり、再び世界一となり、そして、東京の地で“凛”とした花を咲かせることができるかに大きな注目が集まっている。そのなでしこジャパンの中で、今もっとも熱い視線が注がれている選手が、日テレ・ベレーザに所属する長谷川唯だろう。
兄の影響で始めたサッカーが生活の中心に
長谷川は1997年1月29日、宮城県仙台市生まれ。仙台で過ごした幼少期のことはまったく覚えていないそうだ。それでも宮城県は、「自分の生まれたところ」であって、ルーツを感じる場所だと話している。サッカーを始めたのは、埼玉県戸田市に転居してから。兄の練習についていったのがきっかけだが、自然とボールを蹴り出し、気づいたときには、サッカーが大好きになっていた。
小学生になると、男女のチームを掛け持ちで参加するほどになり、戸木南ボンバーズなどを経て、2011年に中学校に進学すると、女子ユースサッカーの名門である日テレ・メニーナに加入した。
メニーナのチームメイトには高校生がいて、それまで経験したことがないようなサッカーに、ついていくのがやっとだったが、日々、必死に練習する努力の甲斐もあり、2014年までの4年間で全日本女子ユース (U-18)サッカー選手権大会優勝の中心選手になるまで成長した。
そして、高校在学中の2015年、なでしこリーグ1部の日テレ・ベレーザに選手登録。そのベレーザは2015年から2018年までリーグ4連覇を果たし、長谷川も2回ベストイレブンを受賞した。
相手を凌駕するイマジネーションあふれるプレースタイルが武器
「パワフルな外国勢選手に正面に向き合い、1対1の勝負をするのではなく、駆け引きをして、相手の背中に回ってボールを引き出すという、ポジショニングや運動力には自信がある」と、長谷川は自身のプレースタイルを自負する。
長谷川は試合中、あらゆるエリアに顔を出す。フィールドを縦横無尽に駆け回り、味方と連係する。状況に応じて、センターバックやフォワードの仕事もこなす。並々ならぬ運動量と技術の多彩さは、彼女の大きな強みだろう。さらに、複数の相手を一発で置き去りにするターンや、相手を食いつかせるパスなど、相手の心理も手に取るような動きにも見応えがある。
ベレーザで進化したことのひとつとして、「相手と2対1の数的優位を作るために、あえて自分から仕掛けて相手を引き付けることを意識した」と本人が語るドリブルにも注目だ。事実、ポジションがサイドからインサイドハーフになったことで、ボールに絡む回数が増え、味方との距離感も近くなったことから、駆け引きのアイデアが増え、精度が高まっていることが伺える。
また、「よく聞き、よく考えてプレーする」という日頃からの心掛けも、今日の活躍を支える大事な要素だという。スポーツをする上で、当たり前のようにも思えることだが、指導者からの厳しく、高い要求に対して、他人と自分を相対的に評価するのではなく、課題をひとつずつ、着実にクリアしていくことは、想像以上に地道な作業だっただろう。
日々、自分を向上させることに意識を注いだ成果は、やがて現れ始める。2012年U-17女子W杯では、「ブロンズボール」という個人表彰を受けた。2年後の2014年、U-17女子W杯ではチームを牽引。個人では「シルバーボール」に輝き、チームも世界一に導いた。
クラブのリーグ4連覇に貢献! 皇后杯も制す
日テレ・ベレーザを背負って立つ存在となった長谷川。今年の元日に行われた皇后杯決勝で、2018年シーズンの3冠達成を賭けて、宿敵のINAC神戸レオネッサと決勝で対戦した。延長戦までもつれる激しい試合となったが、4-2と見事に勝利を納めて、皇后杯2連覇を飾った。クラブとしては2007年以来となるシーズン3冠を達成。シュート1本のみだったものの、試合を組み立てる役割をこなして4連覇に貢献した長谷川自身も、最高のスタートが切れたことを喜んでいた。
ライバル岩渕真奈の存在
長谷川にはプレーの質を上げてくれるライバルがいる。2018年シーズンのラストを優秀の美で締めくくった日テレ・ベレーザだが、皇后杯決勝を戦ったINAC神戸レオネッサには、なでしこジャパンでともにプレーする選手も多い。中でも、長谷川は「岩渕選手は、一緒にやればやるほど恐ろしく、その凄さが分かる」と、リスペクトしながら、「特長を理解しているからこそ、対処法も練れる」と話している。岩渕のような才能あふれるライバル・仲間の存在が、互いを向上させているのだろう。
ワールドカップ前哨戦で存在感を発揮
なでしこジャパンに初招集されたのは、高倉麻子監督就任後の2017年のことだ。そこからはコンスタントに招集メンバーに名を連ね、重要な試合で着実に結果を残し、監督の信頼を勝ち取った。2月28日から3月6日までアメリカ行われた2019シービリーブスカップにも出場している。
世界でトップ10入りしている女子代表チーム4チーム(アメリカ、イングランド、ブラジル、日本)が総当たりで戦う、アメリカサッカー連盟が主催するこの大会。結果こそ、1勝1敗1分の3位に終わり課題を残した“新生”なでしこジャパンだったが、長谷川はしっかりとプレーで、爪あとを残して見せた。
第2戦のブラジル戦。23分、籾木結花の技ありのループシュートで先制。その後、一時は同点に追いつかれるも、81分に籾木のクロスから小林里歌子がヘッドで合わせて代表初ゴール。2-1と引き離すと、この日は途中出場だった長谷川が85分にドリブルで相手ペナルティエリアに侵入。シュートを打つと見せかけた鋭い切り返しから、完全に相手3人の裏をつき、冷静にゴールに沈めて、ダメ押しとなる3点目をマークした。このゴールは「3人置き去り弾」としてメディアが報じ、長谷川の存在感はさらに増す結果となった。ワールドカップに向けて、大きく弾みをつけた格好だ。
相手を圧倒する豊富な運動量と卓越したテクニック、相手を手玉にとるアイデアに満ちたプレー。なでしこジャパンの攻撃の軸として、獅子奮迅の活躍を見せる長谷川は、新生なでしこジャパンの象徴的な存在となった。日本女子サッカー界の未来を照らす若き才能が、東京五輪を舞台に、どのようなインパクトを残してくれるのか、期待はふくらむばかりだ。