現在23歳の大橋悠依が日本代表選手に選ばれたのは、大学4年生のときだった。173cmの長身から繰り出すダイナミックで美しいフォームが生み出すストロークを武器に、2017年の世界水泳選手権200m個人メドレー決勝で、2分7秒91という日本新記録を叩き出し、銀メダルに輝いた。続く2018年4月8日の第94回日本選手権水泳競技大会400m個人メドレーでは、4分30秒82というタイムで自身が持っていた日本新記録を更新。世界の舞台で戦えるスイマーにまで、一気にステップアップした。
20歳を過ぎて日本のエースに急成長
競泳女子個人メドレーを専門とする大橋は1995年10月18日生まれで、2019年7月現在23歳だ。スポーツ競技者としては、まだ若い年齢だと思われるかもしれないが、10代の活躍が珍しくない女子競泳界では決してそうではない。20代になってから好成績を残すようになった彼女が、日本選手権で初めて優勝したのは21歳のときだ。他の有望選手たちと比較すると、かなり遅咲き部類に入る。
競泳の日本代表として活躍する選手たちは、たいてい中学、高校時代に台頭する。ところが、大橋は高校時代に特に目立った成績を残していたわけではなく、唯一注目に値する記録といえば、彦根市立東中学校3年生で出場した2010年ジュニアオリンピック女子200m個人メドレーで、優勝したことくらいだ。
東洋大学進学後も、膝関節の脱臼による故障や重度の貧血に悩まされ、まともに泳ぐことすらできない時期もあった。とりわけ象徴的なのが大学2年生で迎えた2015年4月の日本選手権だった。200m個人メドレーに出場した大橋は、最下位である40位を記録し、水泳選手としてどん底にいたのである。
そんな大橋だから東京での五輪開催が決定したときも、まるで他人事だった。東京五輪に自分が出場することなど、まったく考えていなかったという。しかし、食事改善などで貧血の体質を克服。大学の1年先輩である萩野公介らとスペインでの高地合宿に参加し、彼らの泳ぎを間近で見て、そして泳ぎの技術を学び取り、最下位からわずか1年で、飛躍的な成長を遂げた。
快進撃を支える大橋悠依の美しい泳ぎ
大橋がいよいよ頭角を現したのは2016年4月。第92回日本選手権水泳競技大会兼リオデジャネイロオリンピック代表選考会400m個人メドレーで3位となり、表彰台にのぼった大学3年生のときだろう。
その勢いのまま、続く2017年の第93回日本選手権水泳競技大会兼世界選手権代表選考会400m個人メドレーで、4分31秒42の日本新記録で優勝。この記録は清水咲子(ミキハウス所属)が2016年に出した同種目の日本記録を、一気に3秒24も縮める快記録であり、リオデジャネイロ五輪銅メダルに相当する好タイムだった。
そして、大学4年生で、初めて同年7月開催の世界水泳選手権の日本代表に内定し、同大会の200m個人メドレーで銀メダルを獲得。東京五輪の有力候補として脚光を浴びていくことになる。
大橋の泳ぎの特徴は、水面に沿うように身体の軸がまっすぐ伸びた姿勢から繰り出される、ゆったりとした大きなストロークにある。水の抵抗によるタイムロスが少ない理想的なフォームで、競泳界で主流になりつつある最新の水泳理論に基づいている。大橋が水泳を始めたころに通っていたスイミングクラブでは、泳ぐときの姿勢を体得することに重きを置いており、大橋も「いかに楽に、疲れず、速く泳げるか」と、そんなことばかり考えていたそうだ。練習を人一倍こなすことで、結果的にきれいなフォームを身につけた。
その大橋の泳ぎを目にした当時の日本代表ヘッドコーチ平井伯昌氏が、その将来性を感じ取り、自らが選手を指導している東洋大学に誘った。
夢から目標へ。追われるものの苦しさを乗り越え、メダルを目指す
2018年3月に東洋大を卒業し、イトマン東進の所属となった大橋は、競泳選手としての輝きをさらに放つ。同年4月8日、東京辰巳国際水泳場で開催された第94回日本選手権水泳競技大会400m個人メドレーで、4分30秒82というタイムを叩き出し、自己の持つ日本記録を更新し、200mと合わせて2冠で連覇を達成。
また、今年の4月には、2019年7月に韓国の光州で開催される世界選手権の代表追加選考会を兼ねた第95回日本選手権水泳競技大会400m個人メドレーで、既に代表に決まっていたものの、4分33秒02のタイムで優勝、200mでも優勝して、再び2冠、3連覇を果たした。
ただ、今大会は、完璧な準備をしてきたにもかかわらず、いいタイムが出なかったことから、大会期間中、精神的にも追い込まれた状態で決勝を迎えていた。日本記録の自己ベストには及ばなかったが、「タイムは速くないが、よく頑張った。追い込まれたレースを経験できてよかった」と語っている。
2019年7月12日から28日にかけて、韓国の光州で開催される第18回世界水泳選手権は、東京五輪の前哨戦ともいえる大会だ。ここで繰り広げられる対決が、今夏屈指の大一番となることは間違いない。
彼女の前に立ちはだかるのが、400mでハンガリーのカティンカ・ホッスー、200mではカナダのシドニー・ピックレムと韓国のキム・ソヨンだろう。国内では大本里佳も伸び盛りだ。そんなライバルたちに競り勝ち、見事に優勝を手にすれば、東京五輪の切符が約束される。
ひとりの大学生選手として4年間の部活動をまっとうし、競泳から引退しようと考えていたころとは、すべてがガラリと変わった。世界大会の表彰台を狙えるまでに成長した大橋悠依は、地元開催となる東京五輪を目前に、今はもう、競泳選手としての人生を完全燃焼することしか考えていないだろう。