砲丸投・注目選手:東京五輪で世界記録更新なるか? 日本勢は中村太地ら若手が成長中!

日本勢は参加標準記録に到達できるのか

回転投法を身に着け、日本新記録を更新した中村太地。日本砲丸投げのエースとして、東京五輪予選入りを目指す

陸上競技の投てき種目の1つである砲丸投は、鉄あるいは真鍮でできた砲丸を投げて、飛距離を競う種目だ。紀元前には原型が作られ、近代オリンピック第1回大会から行われてきた由緒ある競技だが、日本と世界のレベルの差が大きい競技のひとつだ。2020年東京五輪を前に砲丸投の注目選手をチェックしよう。

世界記録は、ボウリング場の1レーンの端から端までの距離

砲丸投は、男子が7.26キロで直径11~13センチメートル、女子は4キロで直径9.5~11センチメートルの鉄製の砲丸を用い、これを直径2.135メートルのサークル内から扇形(角度は34.92度)に広がる区画に向かって投げ、その距離を競う。

世界記録は、男子が23メートル12(ランディ・バーンズ:アメリカ、1990年)で、女子は22メートル63(ナタリア・リソフスカヤ:ソ連、1987年)となっている。

男子の砲丸重量の7.26キロは、ボウリングで一番重いとされるボール(16ポンド)と同じであり、それに加えてボウリング場のアプローチ(助走路)を含めたレーンの全長が23.72メートルであることもあわせて紹介すれば、これら世界記録の飛距離のすごさがイメージしやすくなるかもしれない。

来る東京五輪への出場資格

東京五輪の砲丸投を含む陸上競技の出場枠は、従来までの参加標準記録と、2019年2月末から始動したIAAF世界ランキング制度によって決まる。砲丸投の参加標準記録は、男子が「21メートル10」、女子は「18メートル50」だ。

2019年5月1日から2020年6月29日までの期間に、この記録を突破した者が出場権を獲得。記録突破者が出場枠32人に満たない場合、残る出場枠は、2020年7月1日発表の世界ランキング上位者に与えられる。それぞれの国・地域から参加できるのは3人まで。

また、五輪や世界選手権などでの決勝は、予選を通過した原則12人の競技者によって行われる。決勝ではすべての競技者が3回の試技を行って、そこで上位8人に絞る。記録の低い順に、さらに3回の試技を行う。最終的に、全6回の試技で最も記録の良い者が勝者となる。

コヴァクス、クラウザー、ウォルシュ、男子砲丸投は3強の争いへ?

東京五輪でも活躍が見込まれる注目選手として、特に男子でチェックしておきたいのは、3選手だ。

ジョー・コヴァクス(アメリカ)
1989年生まれのコヴァクスは、2014年あたりから頭角を現し、世界大会初出場となった2015年北京選手権で初優勝。2016年のリオデジャネイロ五輪では、21.78メートルで銀メダルに輝いた。続く2017年のロンドン世界選手権でも銀メダルを獲得し、砲丸投列強国のアメリカが世代交代したことを印象づけた選手だ。

ライアン・クラウザー(アメリカ)
2016年シーズンに、そのコヴァクスを上回る勢いでリオ五輪の頂点に立ったのが1992年生まれのクラウザー。父は円盤投、2人の叔父がやり投と砲丸投、従兄弟もやり投でワールドクラスの自己記録を持つという「投てき一家」に育った選手で、2009年には世界ユース選手権で優勝を果たしている。

テキサス大学大学院を修了して練習に時間が割けるようになったことにより、2016年に急成長。同年の全米選手権でコヴァクスを抑えて初優勝を果たすと、初代表となったリオ五輪では、2回目、3回目で自己新を連発、5回目の試技で世界歴代10位タイ(当時)の22メートル52まで記録を伸ばし、五輪新記録で金メダルを獲得した。

2017年5月にコヴァクスが22メートル57を投げると、6月にはクラウザーが22メートル65をマークするというように、競り合いながら記録を伸ばした。

トーマス・ウォルシュ(ニュージーランド)
このアメリカ勢による新2強時代の幕開けかとも思われていたが、それに待ったをかけるかのように台頭してきたのが2016年世界室内優勝、リオ五輪3位のウォルシュである。

上位選手7人が21メートル台を記録するハイレベルな勝負となったロンドン世界選手権で、2回目の試技でトップに立つと、最終投てきで唯一、22メートル台に乗せる22メートル03をプットし、初優勝を遂げたのだ。ウォルシュは2018年に世界室内で連覇を達成すると、世界歴代7位タイで、今世紀に入っての世界最高記録に並ぶ22メートル67まで記録を伸ばしている。

3強だけではない、世界の強豪たち
東京五輪では、この3選手に加えて、2017年・2018年続けて22メートル40台を投げ、2018年には全米選手権も制したダリル・ヒル(アメリカ)、2018年に22メートル台に突入したミシャ・ハラティク(ポーランド)、ダーレン・ロマーニ(ブラジル)あたりがどこまで記録を伸ばしてくるかで戦況が変わってくるだろう。東京でハイレベルの投げ合いを期待することができそうだ。

女子は政権交代期、次の覇権を握るのは?

女子は今世紀に入って記録が低迷しているなか、選手の入れ替わりが顕著になってきている。

ヴァレリー・アダムズ(ニュージーランド)
女子砲丸投の顔役といえるヴァレリー・アダムズ(ニュージーランド)は、2007年大阪大会から世界選手権で4連覇(隔年開催)、2008年北京・2012年ロンドンでの五輪連覇を果たし、まさに“女王”として君臨してきた。しかし、2014年の故障から復帰して以降、低調気味となり、2016年リオ五輪では2位に甘んじ、金メダルを逃した。

2017年シーズンは妊娠・出産のため休養したが、2018年には復帰して19メートル31の記録を残している。1984年生まれの彼女に自己記録(21メートル24/2011年)の更新を求めるのは酷かもしれないが、35歳で臨むことになる東京五輪までに、どこまで調子を戻してくるかだ。

鞏立コウ(きょう りっこう/Lijiao GONG、中国)
2015年世界選手権を制したクリスティナ・シュヴァニツ(ドイツ)、2016年リオ五輪でリードするアダムズを最終投てきで大逆転して金メダルを得たミシェル・カーター(アメリカ)。この2人は東京五輪でも要注目の候補だが、現段階で実質的な女子ナンバーワンプッターといえるのは、2017年ロンドン世界選手権を制した中国の鞏立コウ(きょう りっこう/Lijiao GONG)だろう。

19歳のときに自国で開催された2008年五輪で銅メダルを獲得してからは、上位入賞の常連として長く実績を積んでおり、2018年シーズンは、ダイヤモンドリーグ女子砲丸投チャンピオンとなったほか、アジア大会、IAAFコンチネンタルカップでも優勝を果たしている。このまま波に乗って東京五輪を制することができれば、男女を通じてこの種目では初の中国人金メダリストが誕生することになる。

世界に挑む日本勢…男子は畑と中村、女子は郡と太田に注目

一方で日本勢はというと、この種目の日本記録(男子18メートル85、2018年/女子18メートル22、2004年)で見ても、残念ながら参加標準記録には届いていない状況だ。まずは、少しでも参加標準記録に近づく記録を出していくことが、第一の目標となってくる。

畑瀨聡(群馬綜合ガードシステム)
日本男子砲丸投といえば、福岡県出身、1982年12月18日生まれの畑瀨聡(群馬綜合ガードシステム)だろう。184センチ、121キロという日本人離れした体格を持つベテランで、2015年には18メートル78で当時の日本記録を更新し、日本選手権10回優勝の実績を持つ。若手選手たちの成長に押されながらも、ベテランとして気迫の投てきを続けており、東京五輪でも代表枠を狙う。

中村太地(ミズノ)
その畑瀬に刺激を与えているのが、中村太地(チームミズノ、現ミズノ)だ。1993年1月15日生まれの現在26歳。学生時代から円盤投と並行して競技を続けていたが、2018年に畑瀬の日本記録を超える18メートル85を叩き出し、男子砲丸投のエースとなった。日本では少数派の回転投法を武器にする。日本人初の19メートル台突入も見えてきているだけに、地元での五輪開催を追い風に、この勢いをさらに増していきたい。

郡菜々佳(九州共立大学)
日本女子砲丸投は、ここ数年で新たな選手が台頭している。なかでも1997年5月2日生まれ、大阪府出身の郡菜々佳(九州共立大学)は筆頭株といえる。中学・高校時代から大会記録を更新。九州共立大学進学後まもなく、2016年の日本インカレの砲丸投で金、円盤投でも銀を獲得し、両種目のホープとなった。国際大会などでも両種目でエントリーしており、東京五輪も“二刀流”で挑む可能性も高い。

太田亜矢(福岡大学クラブ)
郡の2歳上のライバルが太田亜矢(福岡大学)だ。1995年4月13日に福岡県に生まれた太田は、地元の鞍手竜徳高校時代からその存在を知られ、福岡大学時代は2016年の日本選手権で郡を下して優勝。学生最後となった2017年日本インカレでも金を獲得し、有終の美を飾った。二刀流の郡に対し、砲丸投に専念する太田に一日の長があり、大きな記録が期待できるかもしれない。

砲丸投の投法あれこれ

砲丸投は、英語で「Shot Put」となっており、砲丸(Shot)をオーバーハンドで投げることは禁じられている。「投射を始めようと構えた時には砲丸をあご、または首につけるか、あるいはまさに触れようとする状態に保持していなければならない」と競技規則に明記されているため、それに即した投法が編み出されてきた。

現在、主流となっているのは2つ。後ろ向きの姿勢から膝の屈伸を使って足を滑らせて移動(グライド)し、上体を一気に捻り戻すと同時に肩や腕の筋力を使って砲丸を突き出すグライド投法(考案者パリー・オブライエンにちなみ、オブライエン投法とも呼ぶ)。

もうひとつは、サークルのなかで競技者が回転し、砲丸により長く高いスピードを加えようとする回転投法。日本では中村太地が少数派の使い手となるが、近年の世界大会男子部門においては回転投法のほうが主流になりつつある。

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