ハンマー投げ・注目選手:男女ともにポーランド勢が金メダル最有力、その牙城を崩す選手は現れるか

2017年の世界選手権を制したパウェル・ファジェク。3度目の正直となる東京でキャリア初の五輪メダルを狙う

金属製のヘッド(一般的には鉄球と称される)、ワイヤー、ハンドルからなるハンマーを投げて、その飛距離を競うハンマー投。ターンによる遠心力を利用するため、飛距離も大きい。2000年代、日本選手として室伏広治が世界の壁をこじ開けた。東京五輪での注目の選手を見ていこう。

投てき種目でもっともダイナミックなハンマー投げ

砲丸投と同じ重量(男子7.26kg、女子4kg)のハンマーを、砲丸投と同じ直径2.135メートルのサークル内から34.92度の区画内に投げ、その飛距離を競う。ほかの投てき種目と同様、ハンマー投も五輪や世界選手権などでの決勝は原則12人の競技者によって実施される。

決勝では、すべての競技者がまず3回の試技を行って上位8人を決め、さらに3回の試技をその8人が記録の低い順に行い、最も遠くに飛ばした者が勝者とする仕組みだ。

投てき方法は、サークル内でスイングという準備動作を行い、遠心力でハンマーにスピードをつけ、3回転あるいは4回転のターンを経ることで、ハンマーを大きく加速させて投げる方法が用いられる。このとき身体にかかる遠心力は体重の3倍とも言われているため、絶対的な体幹の筋力はもちろんのこと、動きをコントロールするために正確かつ緻密な動作が要求される。

世界記録は、男子が86メートル74(ユーリー・セディフ;ソ連、1986年)、女子は82メートル98(アニタ・ヴォダルチク;ポーランド、2016年)となっている。

投てき種目で日本唯一の五輪金メダリスト・室伏広治

日本でハンマー投げといえば、室伏広治の名前が浮かんでくるだろう。室伏は2003年時点で世界歴代3位となる84メートル86(現在、世界歴代4位)をマーク。五輪では2004年アテネ大会で日本人初の金メダル、2012年ロンドン大会で銅メダルを獲得したほか、2011年世界選手権でも優勝を果たすなどの脅威の実績を残した。

体格や筋力差で日本人には圧倒的に不利とされてきたなかでのこの偉業は、同じくハンマー投で“アジアの鉄人”と呼ばれた父・重信から譲り受け、さらに進化させた技術やトレーニングに裏打ちされたものとして、世界的にも高く評価されている。また、女子では、妹・由佳が円盤投・ハンマー投で日本記録を樹立。2004年にはハンマー投で兄妹揃っての五輪出場を果たしている。

2020年東京五輪の出場資格を獲得するには

東京五輪への出場資格は他の陸上競技と同じで、各国・地域から出場できる人数は最大で3人まで。出場権獲得は、参加標準記録とIAAF世界ランキング制(2019年2月末から本格的に導入)を用いて決めることになっている。

2019年5月1日から2020年6月29日までの期限内に男子「77メートル50」、女子「72メートル50」の参加標準記録を上回ったものが出場権を獲得。1種目あたりの出場者数は32人がターゲットとなっており、残りはその期限から2日後(7月1日)に発表される世界ランキングの上位者に与えられることになっている。

ポーランドの同い年ライバル対決が東京五輪での金メダル争奪戦に?

東京五輪本番で注目される選手としては、実績や記録の安定度等を考えると、男女ともにポーランドの選手が筆頭に上がってくる。男子はパウェル・ファジェクとヴォイチェフ・ノビキ、女子はアニタ・ヴォダルチクの3選手だ。

ファジェクは83メートル93(2015年)の自己記録を持ち、世界選手権では2013年、2015年、2017年と3連覇を達成している選手。だが、2012年ロンドン五輪は予選で記録なしにとどまり、優勝候補の大本命だった2016年リオ五輪では、まさかの予選落ちに終わるなど、五輪には全く縁のない状態が続いている。31歳で迎えることになる東京五輪では、何が何でもタイトルを獲得したいところだろう。

しかし、2018年は、2013年から5年間、世界ランク1位に君臨し、「五輪以外は向かうところ敵なし」の感があったファジェクの強さに、やや陰りが見られるシーズンとなった。

ファジェクを抑えて、81メートル85で世界トップに立ったのが、同じポーランドのノビキ。2015年世界選手権、2016年リオ五輪、2017年世界選手権と3年連続で銅メダルを獲得している選手で、ファジェクと同じ1989年生まれ。

2017年に初めて80メートルスロワー(80メートル47)となったばかりだが、2018年シーズンはパフォーマンスリストでファジェクを上回る成果を残すとともに、ポーランド選手権では2017年に続いてファジェクを破り2連勝。ヨーロッパ選手権でもファジェクを抑え、初のビッグタイトル獲得の実績を残した。

2019年シーズンに2人がどんな軌跡を見せるかは、東京五輪を占う上でも注目に値するところだろう。

ポーランドの女王に挑むアメリカの若手

女子世界記録保持者のアニタ・ヴォダルチクは、2008年北京五輪は4位に終わったものの、2009年世界選手権で自身初の世界新記録樹立となる77メートル96をマークして優勝。以降は、世界のトップシーンを席巻してきた存在だ。

2014年に一度奪われていた世界記録を奪還すると、2015年には女子選手として初の80メートル超え(81メートル08)を達成。2016年リオ五輪では、82メートル29の世界新記録で2連覇を達成すると、その約2週間後に82メートル98まで世界記録を更新。2017年ロンドン世界選手権では、2大会連続3回目の優勝を果たしている。

2018年シーズンは、記録は79メートル59と80メートルオーバーはならなかったものの、2014年以降続いている世界リスト1位の座をキープ。パフォーマンス上位10傑中、上位3つを含めて5つの記録がリストに入っている。

このポーランドの女王ヴォダルチクに迫る可能性があるのは、2018年に世界歴代4・5位となる78メートル12・77メートル78と記録を大きく伸ばしてきているディアナ・プライス、グウェン・ベリーのアメリカ勢だ。特に、2018年に一気に3メートル21も自己記録を更新したプライスは、9月に行われたコンチネンタルカップでヴォダルチクに勝っている。

26歳を迎える2019年シーズンにさらに飛躍すれば、東京五輪中に35歳を迎えるヴォダルチクにとって手強い存在となってくるはず。東京五輪では、2016年リオ大会でヴォダルチクが見せた80メートルラインを大きく超える投てきが、複数選手によってなされるようなハイレベルのパフォーマンスを期待したい。

日本勢は低迷期、室伏兄妹を超える人材の登場が待たれる

室伏兄妹が第一線を退いてから、日本人で世界大会に出場できるレベルに達する選手は、残念ながらまだ出てきていない。男子はまずは参加標準記録「77メートル50」にどこまで近づけるか。女子では室伏由佳が2004年にマークした67メートル77の日本記録を更新することが最優先事項だ。

**墨訓熙(小林クリエイト)
**墨は男子の有力候補として学生時代から注目されてきた。五輪参加標準記録に7メートル近く及ばないものの、自己ベスト70メートル63で2018年の日本選手権を制した。2019年4月のアジア陸上競技会で自己ベストを更新できるのか注目される。

**木村友大(九州共立大学)
**墨を追う形で期待されるのが、木村友大である。2018年の日本インカレで70メートル06をマークし、2連覇を果たした。大会の度に記録を伸ばしていることから、もっとも伸びしろが期待されており、アジア陸上競技会で墨越えを狙う。

**勝山眸美(オリコ)
**女子で結果を出し始めているのが勝山眸美だ。2018年の日本選手権を制すと、ジャカルタ・アジア大会では62メートル95を飛ばし、銅メダルを獲得。自己ベストは日本歴代4位の65メートル32となっており、室伏由佳の日本記録に近づいている。

ハンマー投げあれこれ:ルーツは紀元前まで遡る

ハンマー投のルーツは、紀元前にアイルランドで行われていた「車輪投げ」まで遡るともいわれている。工具の形状そのままのハンマー(金槌)をどれだけ遠くへ投げられるかを競った“力比べ”の時代を経て、投げる場所(サークル)やハンマーの重量などの統一化。さらに、投てきするハンマー自体も木製の柄の先に球形のヘッドがついた形状から現在の形状へと変化していくなかで競技化が進んできた。

近代オリンピックでは、陸上競技の投てき種目として、男子は第2回パリ大会(1900年)から実施されている。一方、女子のほうは歴史が浅く、五輪でも2000年のシドニー大会から正式種目として行われるようになった。

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