スケートボード:中村貴咲、ハートの強さを武器に突き進む18歳は、大技「ミラーフリップ540」でさらなる高みをめざす

自ら英語の手紙を書いて国際大会に出場

Xゲームズをはじめ、すでにさまざまな国際大会を経験。さらなる飛躍が期待される

2020年の東京五輪で追加種目に選ばれたスケートボードにおいて、「パーク」種目での金メダル獲得が有力視されているのが中村貴咲(きさ)だ。18歳の女子高生はアジア人初の「Xゲームズ」制覇をはじめ、数々の国際大会で快進撃を続ける。生い立ちとともに、その強さの理由に迫る。

わずか16歳で「Xゲームズ」の大舞台を制覇

中村貴咲(きさ)は2000年5月22日、兵庫県神戸市に生まれた。サーファーだった父は、娘をプロサーファーに育てるという目標を掲げ、陸上における練習のために6歳でスケートボードを教えたという。すると彼女はサーフィンではなく、スケートボードでめきめきと才能を開花させ、その2年後には「VERTMEETING 」という大会の、高い位置から滑り降り空中での技を競うバーチカル部門に初参戦。大人も出場するなか、わずか8歳で見事優勝を果たす。その後もめざましい成長を見せ、2011年にAJSA(日本スケートボード協会)全日本レディース選手権のパーク種目で優勝すると、翌2012年には連覇を達成した。

さらなる飛躍のきっかけとなったのは2014年。スケートボード発祥の地アメリカで開催された「Girls Combi Pool Classic Amateurs 14 & under」という大会に出場したいと自ら英語の手紙を書いて主催者側に直談判すると、その熱意が通じて特別に出場許可が下り、世界大会への初出場が決まった。並々ならぬ思いで大会に挑んだ彼女は準優勝に輝き、日本人女子として初の偉業を成し遂げてみせた。

実力を証明した中村の勢いは止まらない。同年、世界最高峰の大会「Van Doren International Women’s Ball Contest(US Open)2014」に招待され6位入賞を果たす。その翌週に行われたアメリカ国内のプロ戦で優勝を手繰り寄せ、一気にその名を世界に広めたのだった。

キャリアのなかでもひと際輝きを放っているのが、BMXやスケートボードの妙技を競い合うエクストリームスポーツの祭典「Xゲームズ」でのアジア人初優勝だ。2016年、大舞台のパーク種目で、予定されていたトリックの組み合わせをノーミスでこなすという驚異のパフォーマンスを見せた。世界の名だたるトップスケーターを抑えて表彰台の頂点に立った中村は、16歳の若さで国際舞台において確固たる地位を築いた。

超絶技巧の「ミラーフリップ540」が武器

中村の得意技は世界でも数人しかできないとされる大技「ミラーフリップ540」。空中で1回転する超絶トリックだ。新たな技が日々誕生しつづけるスケートボード界で頂点に立つには、難易度の高い技を繰り出すことが不可欠と言える。中村自身は「難しい技には危険がつきものだし、恐怖心もある」と話す一方で、「恐れを乗り越えることが技を身につけることにつながる」と断言する。来たる東京五輪に向け、トレーニングに臨む熱度はますます上がっており、本番までにさらなる成長が期待されている。

彼女を語るうえで外すことができない要素は、その精神力の強さだろう。中村は前述のとおり2016年にXゲームズを制覇してスケートボード界の歴史に名を刻んだが、実は2015年12月に手術を受けていた。右足首にメスを入れた彼女が骨を固定するボルトを外せたのは、Xゲームズのわずか2カ月前だった。

決して万全ではない状態で挑んだ大舞台で、初出場というプレッシャーがさらに重くのしかかる。いざ世界の強豪たちを前にすると、緊張のあまり「自分の体じゃない、と錯覚してしまうぐらい体が動かなかった」という。

しかし、そこで意識を切り替えた。「最高の場所で滑るのだから、楽しまないと意味がない」と前を向いて、自分の滑りに集中することに決めた。この決意が見事功を奏し、同大会のアジア人初優勝につながった。中村はこの成功体験こそが「世界の最前線で戦う勇気と自信をもたらしてくれた」と話している。

2014年、スケートボードが大好きな少女は和英辞典を片手に、大会主催者に向けて参加要請のための手紙を必死で書いた。自らの行動力で出場権を勝ち取ったアメリカでの大会では準優勝。そして2016年、重圧を「楽しまないと」という気持ちに切り替えて、大けがからの見事な復活優勝を果たしてみせた。中村はいつだって自分の実力で、そして揺るぎない意志で、成功への道を切り開いてきた。そのメンタリティーは確実に、彼女のスケートボーダーとしての強さを裏づけている。

再び故障を乗り越え国際大会で復活優勝

Xゲームズで偉業を成し遂げた後も、彼女の歩みが止まることはなかった。2018年8月、アメリカのカリフォルニア州で行われた「Vans Park Series Pro Tour: Huntington Beach」という大会で、88.23ポイントを獲得。2位に1.3ポイント差をつけて、金メダルを獲得した。同年6月の「Vans Park Series 2018」のブラジル大会で負ったひざの故障からの見事な復活優勝となり、あらためてそのハートの強さを世界に知らしめた。

同大会の翌週に行われた「Nitro World Games Women’s Park」では準優勝。この記録もアジア人として初の偉業となり、彼女のキャリアにまた新たな称号が加えられることとなった。

本場アメリカで大会に参加するようになってから4年が経ち、たくましさも身についてきた。「アメリカという大きな舞台で戦えることになったから、自分自身も変わらなければいけないと思うようになった」と、成長に手ごたえを感じている。

さらなる飛躍のために、メンタルトレーニングや筋力トレーニングにも力を入れ始めたという。専属のトレーナーのもと、体幹を中心に鍛えることを始めたのも、海外で多くの選手から刺激を受けたことが背景にある。世界の舞台で得た学びを自分のなかにうまく取り込み、自身に必要な課題を冷静に見極めているのだ。

「パーク」女子は2020年8月6日に有明で開催

東京五輪で中村の出場が見込まれているのは、大きな皿や椀のような形状の障害物をいくつも組み合わせた窪地状のコースで行われる「パーク」種目だ。試合時間はわずか45秒。選手たちはこの限られた時間内で、技の難易度やジャンプの高さ、完成度、スタイルなどを競い合う。

女子のパークは2020年8月6日(木)の9時から、江東区の有明アーバンスポーツパークで開催される。同種目で出場をめざすライバルたちも、東京五輪時には二十歳の中村と同じく非常に若い。2001年生まれの小川希花(きはな)は2017年の国際大会で結果を残して、東京五輪強化選手に選ばれている。2002年生まれの四十住(よそずみ)さくらは2018年11月に行われたワールドスケート連盟主催の第1回世界選手権で2位の中村を抜いて頂点に立った。アジア競技大会でも金メダルを獲得するなど、その力を遺憾なく発揮しており、中村との熾烈なライバル関係からも目が離せない。

当の中村はあくまでマイペースに、明るく自身の夢を語る。「東京五輪をめざしていないといったらウソになる」と認めながらも、スケートボードを愛する彼女の目標はあくまでもその魅力を伝えること。「競技というよりカルチャーとしての素晴らしさを広めていきたい」という彼女の言葉には、熱い思いと深い愛が感じられる。「オリンピックをきっかけにスケートボードへの注目が高まればいい」と話す大きな志が、きっと彼女の本番での強さにつながるに違いない。

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