東京五輪のスケートボード女子ストリート種目で、最も金メダルに近い存在と目されるのが西村碧莉(あおり)だ。2017年の「Xゲームズ」初制覇後、左ひざ前十字じん帯断裂という大きな試練を乗り越え、2019年1月には世界選手権で初代女王に輝いた。若さあふれる勢いのままに、2020年東京五輪の栄冠をめざす。
「Xゲームズ」と初の世界選手権で頂点に君臨
西村碧莉(あおり)がスケートボードと出合ったのは、小学2年生の時だった。2人の姉についていく形でスケートボードスクールに通い始めると、スケートボードの天才と周囲から注目を集める「西村3姉妹」の三女として次第に頭角を現す。特に次女の詞音(ことね)の存在は大きく、身近なお手本として、ライバルとしてしのぎ合ってきた。小学5年生にして日本スケートボード協会主催の全国大会で優勝。2014年、2015年には同協会主催の日本レディースを連覇し、国内では一目を置かれる存在となっていった。
2001年7月31日生まれの、東京都江戸川区出身。中学時代は、授業が終わると電車で50分かけてスケートボードパークに通い、休日ももっぱら練習づけの日々を送った。誘惑の多い年ごろにあっても、スケートボードに打ち込んだのは、それだけ競技に夢中になり、楽しくて仕方がなかったからだ。
中学2年時からは海外遠征が増え、2016年にはエクストリームスポーツ最高峰の大会「Xゲームズ」に初出場し、8位の成績を残した。2017年には、初開催の日本選手権を制し、世界のトップ選手のみが参戦可能な完全招待制のストリートリーグスーパークラウンで日本人初の4位入賞。そして、2度目の出場となった2017年のXゲームズで快挙を果たす。スケートボードのストリート種目において日本人初優勝を成し遂げてみせた。初出場からわずか1年、当時15歳の日本人アスリートが世界を驚かせた。
その後も2018年のXゲームズでは銀メダルを獲得、2019年1月に初めて開催されたスケートボード世界選手権のストリートで初代女王の座に輝くなど、若き才能の成長はとどまるところを知らない。初の正式採用が決まった東京五輪でも、スケートボードのストリート金メダル候補として注目を集める一人だ。
強気な性格と細部にこだわる技術が強み
西村をはじめスケートボーダーの多くは専属のコーチがついていない。彼女の場合は、学生時代にスケートボードの経験がある父からアドバイスを受けたり、プロ選手の動画を見て勉強したりすることで技を習得している。試合会場に着けば、自分自身の目でコースを見て演技の構成を考える。
スケートボードの「ストリート」という種目は、街中に存在する階段や縁石、斜面や手すりなどを模したコースを使用する。高さやダイナミックさが見どころとなる「パーク」と比べて、細かな技術や技の完成度が求められる競技だ。
西村の強みは、国内の女子選手では数少ない、レール(手すり)を使った難易度の高いトリックにも果敢に臨むことができること。「人と違うことをしたい」という強気な性格と、細部に渡る技術の高さで、ストリート種目のトップを極めてきた。男子選手を例に挙げ、ボードに乗った状態でジャンプした時に、ボードを横に360度、縦にも360度同時に回転させて着地する「トレフリップ」という大技をモノにしたいと口にするなど成長への意欲は尽きない。
中学卒業後は通信制の高校に通い、スケートボードに充てる時間をさらに増やしている。東京五輪後には、スケートボードの本場アメリカに拠点を移すことを見据えている。彼女にとっては幼いことから今も、スケートボードが生活の軸そのものなのだ。
選手生命を脅かすけがを乗り越え再び頂点へ
瞬く間に世界への階段を上ってきた西村のスケートボード人生は順風満帆に見えるが、2017年に大きな苦難を味わっている。Xゲームズ初優勝を果たした後、同年10月に左ひざ前十字靱帯を断裂。11月に再建手術を受けた。目先の大会や東京五輪を見据えるどころか、選手生命も危ぶまれる大けがに見舞われ、その後の半年間はスケートボードから離れた生活を強いられた。2018年のアジア大会代表選考を兼ねた日本選手権は欠場を余儀なくされ、再びスケートボードを使った練習を再開できたのは2018年の6月に入ってからだった。
それでも、苦しいリハビリを乗り越えた彼女は、力強く復活を遂げた。復帰直後、2018年7月のXゲームズで銀メダルを獲得と、2大会連続の表彰台入り。さらに、2019年1月に初開催されたスケートボード世界選手権のストリート種目では、初代女王の座を射止めた。45秒間のフリー演技を2度行う「ランセクション」をほぼノーミスで終えてトップに立つと、一発技のパフォーマンスを競う「ベストトリック」でも、1本目から高難易度の技で9点をたたき出す。一時は開催国ブラジル出身のレティシア・ブフォーニに逆転を許したものの、並ならぬプレッシャーをはねのけ、最終的には0.1点差の小差で接戦を制した。
挫折の先につかんだ栄光は、2018年7月に17歳になったばかりの少女を心身ともに一回りも二回りもたくましくした。恐れを知らない彼女の勢いは、いまやスケートボード女子ストリート界でトップを走る選手たちにも、脅威を抱かせるものとなっている。
アメリカ、ブラジルの強敵に競り勝てるか
2019年10月に第2回大会が開催される世界選手権で上位3位以内に入った選手には、東京五輪への出場権が与えられる。第1回大会での優勝を含め、近年の世界大会で安定した実績を残している西村は、東京五輪行きのチケット獲得の可能性が高い選手と言えるだろう。
ただし、女王の座を狙うライバルたちの存在も侮れない。先に述べたとおり、第1回世界選手権で銀メダルのブフォーニとはたった0.1点差だった。また、2018年のXゲームズで西村の連覇を阻んだマライア・デュラン、世界大会で優勝経験のあるレイシー・ベイカーなどアメリカ勢にも強敵がそろう。
外国人選手と比べ、身長158センチと小柄な西村は、技のスピードやダイナミックさでやや見劣りする点は否めないが、何よりの武器である強気な姿勢と、正確なボードさばきがある。自身も楽しみにしている自国開催のオリンピック。結果はもちろんのことだが、人々の記憶に残るような、そして彼女自身がスケートボードを楽しむ様子が伝わるパフォーマンスが待ち遠しい。