スケートボード:スマートフォンで難易度の高いトリックを学ぶ池田大亮は、11歳からプロスケートボーダーとして活躍

10代最後の大会が東京五輪になるチャンス

2019年1月、リオデジャネイロで行われたスケートボード世界選手権大会では準決勝進出を果たしている/時事

4歳でスケートボードを始めた池田大亮(だいすけ)は、11歳の若さでプロに転向した。2018年は最高峰のコンテストで優勝するなど、着実に実力を伸ばしている。完成度の高い数々のトリックを武器とし、2020年東京五輪では大会期間中に20歳の誕生日を迎える期待のスケートボーダーだ。

最高峰のコンテストで念願の初優勝

2018年11月、アメリカのフロリダ州タンパでタンパアマという大会が開催された。タンパアマは毎年、同地にて行われているアマチュア最高峰のスケートボードコンテストだ。世界中からトップレベルのスケーターが集まり、技を競う。この大会で優勝すると、世界最高峰のプロツアーであるストリートリーグスケートボーディング(以下SLS)参戦への道が開ける。スケーターにとっては非常に重要度の高い大会と言っていい。そして2018年のタンパアマにおいて、5回目の挑戦にして初優勝を飾ったのが、プロスケートボーダーの池田大亮だ。2018年8月4日に18歳になったばかりだった。

日本人では2001年大会の加藤大(だい)の3位が過去最高位で、現在SLSで活躍している堀米雄斗でさえ、2016年大会の4位が最高。池田の大会制覇は、日本人スケーター初の快挙だった。

池田はこれでSLSに挑戦する権利を得た。国内ではすでにトップレベルの実力の持ち主だが、世界トップクラスのスケーターとはまだ実力差がある。本人も出場を熱望する2020年東京五輪に向け、その差を詰める絶好のチャンスを得たと言えるだろう。

4歳で競技を始め、11歳でプロに転向

池田はわずか4歳でスケートボードを始めた。スノーボーダーだった父親とともに当時からスノーボードはたしなんでおり、父のシーズン外トレーニングに付き添う形でスケートボードパークを訪れ、瞬く間にその楽しさに魅了されていった。元来が負けず嫌いな性格で、トリックを成功させるまで何度も練習を重ね、実力を高めていった。

7歳のころから国内の大会に出場し始め、11歳の時にはアマチュアの年間王者に輝き、プロのスケートボーダーになった。現在はムラサキスポーツやNIKE SB、スケートボードブランドのHIBRIDなど、さまざまな企業とスポンサー契約を結んでいる。

2015年にはFISE WORDL MALAYSIAやWILD IN THE PARKS U-14で優勝するなど、国際大会でも活躍を見せ始める。2016年にはAJSA(日本スケートボード協会)グランドチャンピオンに輝き、AJSA PRO ASIAN OPENでも優勝。2017年には第1回日本スケートボード選手権大会を制し、2018年にもAJSAの年間チャンピオンになった。

2019年1月、池田はブラジルのリオデジャネイロで行われているスケートボード世界選手権大会に出場している。オリンピックでの競技開催に向けて新規にスタートしたこの大会で、池田は30人中16位で決勝進出は逃したが、準決勝進出を果たし一定の手ごたえを得た。出国時にビザの不備が発覚し、現地入りが遅れるというハプニングがあったものの、動じることなく本領を発揮できているところに成長の跡が見える。

インターネット上の動画からトリックを学ぶ

2020年東京五輪では「ストリート」と「パーク」という2種目が行われるが、池田の専門はストリートだ。難易度の高いトリックを確実に決めるのが彼のスケーティングの特長。同じ技を何度も何度も練習し、本番で100パーセントに近い成功率をたたき出すようにしていることが好成績につながっている。

池田に特定のコーチはいない。練習はほとんど一人で行っている。新しいトリックを習得する場合に頼るのはスマートフォンだ。海外トップ選手がインターネット上に投稿している動画に目を通し、自分で習得できそうなトリックをセレクトし、何度も再生してイメージを頭にたたき込み、トレーニングを重ねて身につけていく。練習の時、そして試合本番の時は、同じスマートフォンでヒップホップを聴きながら滑る。従来のスポーツとは全く違う練習や試合のスタイルが、スケートボードの魅力でもある。

11歳からプロとして活躍し、生活の中心にスケートボードがある。海外遠征も多いため、高校はアスリートとしての活動に理解が深い通信制の学校を選んだ。通学は週に2回ほどで、レポートや課題をこなしながらスケートボートと学業を両立。2019年には海外に滞在する時間を増やし、さらなるスキルアップに励みたいと考えている。

十代最後の大会がオリンピックになるチャンス

「学校の体育でやるようなスポーツがオリンピックの種目だと思っていたので、正式種目になった時は驚きました」

スケートボードが東京五輪の正式種目になった時の印象を、池田はこのように語っている。東京都大田区出身だけに、地元開催の五輪への思い入れは強い。しかも2000年8月4日生まれなので、7月24日(金)開幕、8月9日(日)閉幕という東京五輪の大会期間中に20歳の誕生日を迎えることになる。

スケートボードのストリート男子は7月26日(日)に行われるため、池田にとっては十代最後の大会が地元開催の東京五輪になるというビッグチャンスがある。「決まったことを知った瞬間に『オリンピックに出たい』と思ったし、出るからには金メダルを取りたい」と、池田は意欲的に語っている。

プロスケートボーダーの池田にとって、最大の目標が、トッププロスケートボーダーたちが集うSLSの制覇であることは間違いない。ただ、キャリアのうえでは東京五輪は通過点かもしれないが、地元開催のオリンピックに出場し、メダルを狙うチャンスはおそらく一生に一度しかない。池田の視線は、2020年東京五輪のメダルをしっかりと見据えている。

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