さまざまな種目があるスノーボード競技の中で、日本で最も知られているものといえばハーフパイプだろう。
10年前のソチ2014冬季オリンピックで当時15歳だった平野歩夢が男子ハーフパイプで銀メダルに輝き、4年後の平昌2018で再び銀、さらに4年後の北京2022で悲願の金メダルを獲得。平野を中心とした選手らの活躍により、ハーフパイプは日本でのスノーボード競技人気をより広い層へと浸透させてきた。
円柱を半分に切ったようなコースで行われるその「ハーフパイプ」に比べると、ジャンプ台から飛び出して技を繰り出す「ビッグエア」、さまざまな障害物を使って技やテクニックを披露しながら滑り降りる「スロープスタイル」での日本勢の活躍は比較的控えめだった。実際、オリンピック・スノーボード競技でのメダル獲得は、パラレル大回転(竹内智香/ソチ2014銀メダル)、ビッグエア(村瀬心椛/北京2022銅メダル)を除いてすべてがハーフパイプによるものだ。
しかし近年、ビッグエアそしてスロープスタイルの日本選手らが世界での勢力図を書き換えようとしている。その一翼を担うのが19歳の長谷川帝勝(たいが)である。
長谷川帝勝、2023年ビッグエア世界王者
2005年10月生まれの長谷川帝勝は愛知県生まれの19歳。4歳で初めてスノーボードに触れたという長谷川は、15歳のときにロシアで行われたジュニア世界選手権(2021年)のビッグエアで優勝した。
満を持して2021年10月のワールドカップ(W杯)に初参戦することになったものの、足首を骨折し出場することが叶わなかった。しかし、2022年1月のスロープスタイルW杯でデビューを果たすと、翌シーズンの2023年1月にはビッグエアで、3月にはスロープスタイルで初勝利をあげ、2年に1度の世界選手権にも参戦。ビッグエアの決勝では、1本目で「キャプ1800ウェドル」を決めて決勝唯一の90点台を出すと、2本目で「FS1800インディ」を決めて87.25点をマークし、合計を177.25点のスコアを得て優勝。2位で北京2022銀メダリストのモンス・ロイズランド(ノルウェー)と20点の差をつけての圧巻の勝利だった。そしてこれは、日本初のビッグエア世界王者が誕生した瞬間だった。
長谷川帝勝、全4方向の1980「スノーボード史上初の快挙」
そんな長谷川がさらなる注目を集めたのは、2023年9月のことである。
ビッグエアでは、キッカーと呼ばれるジャンプ台から飛び出して着地までの間に技を繰り出して得点が競われる。選手たちは回転数や回転軸、踏切の方向、グラブ(ボードを掴むこと)などを組み合わせて難易度を高め高得点を目指していく。
バックサイド、フロントサイドの2方向からの5回転半(1980=360x5.5回転)を成功させていた長谷川は、2023年9月にメインスタンスとは逆のスイッチスタンス・フロントサイド(キャブ)の5回転半に成功し、さらにはスイッチバックサイドの5回転半を成功させて全4方向を達成したのである。
若きスノーボーダーの快挙にFIS(国際スキー・スノーボード連盟)は「17歳の長谷川帝勝が、多くの人が不可能に近いと信じていたことを達成し、スノーボード界は驚きに包まれた。圧倒的な技術と大胆さで、長谷川は目が回るような5回転半(1980)という回転を4方向すべて踏み切ったのだ。この素晴らしい偉業は、スノーボード史上初の快挙となっただけでなく、スノーボード界において認識される存在としての長谷川の地位を確固たるものにした」とつづり、「彼は限界を超え続け、スノーボードで何か可能かを再定義する彼の一挙手一投足に、ファンや競技者たちは熱い視線を送ることだろう」と称えた。
そして翌年1月に行われたXゲームズではスイッチバックサイド1980を大会で初めてを成功。当時18歳だった長谷川は、北京2022オリンピック男子ビッグエアの金メダリスト、スー・イーミンを抑えて自身初のXゲームズ優勝に、「Dream come true!!!」と自身のソーシャルメディアで喜びをつづった。
長谷川は、今季のW杯ビッグエア初戦で優勝。奇しくもその大会は3年前にW杯デビューを飾る予定だった場所。3年のときを経てその地で表彰台の頂点に立った彼は、「とても嬉しいです。初めてのこのワールドカップ(2021年)で足首の骨を折って、この日が来るとは思わなかったけど、ランを成功させれば勝てると自分に言い聞かせていた」と喜びを爆発させた。
来シーズンに控えるミラノオリンピックに向けても、「オリンピックのための大事の年だから、いい結果を残せてよかったです」と笑顔で語る長谷川帝勝。今季はビッグエアW杯が4戦、スロープスタイルW杯が4戦行われ、その間にはXゲームズ、さらには3月後半に世界選手権が控えている。ビッグエアでの連覇がかかる長谷川の挑戦を楽しみにしたい。