女子マラソン世界記録保持者ティギスト・アセファの躍進と挑戦:ロンドンマラソン2024
2023年9月24日のベルリンマラソンで驚異的な世界記録を樹立したティギスト・アセファ(エチオピア)。
2時間11分53秒という圧倒的なタイムは、2019年シカゴマラソンでケニアのブリジッド・コスゲイがマークした当時の世界記録2時間14分04秒を2分以上も短縮した快挙だった。
しかも、アセファにとって、わずか3度目のマラソンで達成したものだったことはさらなる驚きだ。タイムの速さもさることながら、ここに到達するまでのスピードも最速と言えるだろう。
レース直後、通訳を通じて語ったアセファは、世界記録を破ることを望んではいたが、「あのような結果で(2分以上も短縮して)記録を破ったことは期待以上だった」と認めている。
アセファは、高ぶる気持ちを抑え、落ち着いてSNSの投稿に応えるのに7日を要した。「1週間前に何が起こったのかまだ信じられません」
2023年ワールド・アスリート・オブ・ザ・イヤーを受賞することになるアセファは、沿道で応援する観客を含め、彼女の偉大な挑戦をサポートした全ての人々に感謝の意を表し、「あと数日したら次の目標に向かって始めます!」と述べた。
ティギスト・アセファが世界記録の次に目指す目標
世界記録を更新したアセファは前進する。彼女の次の目標は、2024年4月21日開催のロンドンマラソンへ初出場を果たすこと、そしてエチオピアオリンピック委員会によってパリ2024オリンピックの代表に選出されることだ(*)。
2つの種目で記録を作った傑出した才能を持つランナーが、パリで勝利するというのは想像に難くないだろう。もともと800mを専門にしていたアセファは、女子800mで一流ランナーのステータスとされる2分(1分59秒24、2014年)を切り、そしてマラソンで2時間20分を切るという両方の記録を擁する世界唯一の女性ランナーだ。
パリ2024では、女子マラソンは8月11日に行われ、競技大会を締めくくる。これまでのオリンピックでは男子マラソンが最後の種目だったが、パリ2024では前日に実施されることになっている。また、そのコースは女性への敬意を表すものだ。
1789年10月5日、近代フランス史における革命的出来事と言われるヴェルサイユ行進が起こった。数千人の女性たちがルイ16世のいるヴェルサイユ宮殿に行進し、国王に飢餓に苦しむ国民のいるパリに戻るよう要求したのだ。この結果、ルイ16世はそれまで拒んできた「人間と市民の権利の宣言(フランス人権宣言)」に署名することになり、女性たちの努力が実った。
このような歴史をたどるパリ2024マラソンコースでは、誰が勝っても感動的で象徴的な瞬間となるだろう。しかし、アセファにとって、これは重要なマイルストーンとなる。
さてアセファは、これまでにどのような道のりを進んできたのだろうか?次に見てみよう。
*オリンピック各国代表の編成に関しては国内オリンピック委員会(NOC)が責任を持っており、パリ2024への選手の参加は、選手が属するNOCがパリ2024代表選手団を選出することにより確定する。各競技の出場資格に関する公式資料はこちら
ティギスト・アセファがこれまでに歩んできた道:トラックからロードへ
アセファは800mランナーとして陸上競技を始め、19歳の時にエチオピアを代表してリオ2016オリンピックに出場した。予選を通過することはできなかったものの、オリンピック経験を積むことだけはできた。
しかし、アキレス腱の慢性的な怪我に悩まされ、スパイクをはいて走り続けることができなくなったためロードへの転向を余儀なくされた。17歳だった2014年7月にダイヤモンドリーグ・ローザンヌ大会女子800mでマークした1分59秒24が生涯ベストとなっている。
リオ2016の後、2年間の休養期間を経て回復したアセファは、2018年、ドバイで行われた10kmロードレースにデビューを果たし34分35秒で完走した。2019年にはタイムを約3分縮め、同年12月にはスペイン・バレンシアで開催されたハーフマラソンにデビューし1時間8分25秒で走り切るまでに進歩した。とはいえ、現在のアセファの世界記録からすると。これは平凡な記録と言わざるを得ない。
その後、コロナ禍により2年間の休止期間があったが、エチオピア首都アディスアベバで、2022年世界陸上(米オレゴン州)男子マラソン覇者、タミラト・トラ(エチオピア)らを指導するコーチ、ゲメドゥ・デデフォの下でトレーニングを再開した。そして、アセファはマラソンデビューに向けて準備を進めた。
アセファにとっての初マラソンは、2022年3月にサウジアラビアで開催されたリヤドマラソン。完全な体調ではなかったが、2時間34分01秒を記録し7位で完走を果たしている。
しかし、快挙はその6か月後のベルリンマラソンで成し遂げられる。2時間15分37秒という女子マラソン史上3番目のタイムを叩き出しベルリンマラソンを制したのだ。アセファは半年の間にタイムを18分短縮したのだから、「驚異的」としか形容のしようがない。
ベルリンマラソンの前、コーチのデデフォは「ティグストは全てのトレーニングコースの記録を破っており、私はこれまでにそのように女子ランナーを見たことがない」と語っている。
そして翌年、アセファはベルリンマラソンで連覇を達成するとともに、史上最速の女性となった。「これは、これまでに私が行ってきた多くの努力の賜物です」
大きな成果を挙げたアセファに、これでパリ2024のエチオピア代表に選ばれるのではないかと尋ねたが、彼女は慎重に答えた。
「決定はオリンピック委員会に委ねられています」
「ただ今の私は、注目には値する立場にいるでしょう。なんとかパリオリンピックに出場できれば嬉しいです」
4月21日のロンドンマラソンでは、前世界記録保持者、東京2020銀メダリストのコスゲイとの優勝争いとともに、メアリー・ケイタニー (ケニア)がもつ女子単独マラソンでの世界記録、2時間17分1秒(2017年ロンドンマラソン)の更新が期待されている。ティギスト・アセファの道のりは、まだまだ続く。