2024年男子1500mライバル物語…ランナーたちの激戦を振り返る

2024年、陸上競技男子1500mでは、史上最もエキサイティングなトラック種目のひとつとして、歓喜に満ちたドラマ、ライバルたちの熱い戦い、そして予想外の展開が繰り広げられ、私たちは世界各地で忘れられないシーンの数々を目の当たりにした。

1 執筆者 Grace Goulding
The men's 1500m is stacked with talent
(Michael Steele/Getty Images)

1冊の物語が書けるほど、2024年の陸上競技男子1500mは、ドラマティックなストーリーで満載だった。その物語の主人公のひとりに、2個のオリンピック金メダルを獲得しているノルウェーのヤコブ・インゲブリクトセンがいる。

男子1500mは、陸上トラックの上で繰り広げられるスピードと戦略の戦いであり、各周回は超高速で行われるチェスの試合のようなもので、たったひとつの誤った判断が栄誉を失う直接の原因になることさえある。結果は決して保証されず、観客は息をのむ最後の瞬間まで、座席から身を乗り出し一部始終を見守る。

「1500mは非常に複雑です。おそらく、それについて1つの物語を書くことができるでしょう」と、インゲブリクトセンはOlympics.comの独占インタビューで話した。

「1500mは、陸上トラック種目のF1と呼ばれます。勝負の予測が、最後までまったく不可能だからです。持久力、筋力、スプリント力など、あらゆる種類の能力をもつランナーがしのぎを削り、その日に最善の判断をした選手が勝つことができます。そこが、見ていて非常にスリリングである理由です」

2024年の男子1500mレースシーンは、彼の言葉通りとなった。世界各地で、ライバルたちが熱く激しい戦いを展開し、突如として現れた無名選手が台頭し、パリ2024オリンピックでは予想外の結末が世界を驚嘆させた。

ここでは、2024年の男子1500mが史上最もエキサイティングなトラック種目のひとつとして、どのような記憶に残るシーンの数々を歴史に刻んでいったか見ていこう。

物語の主役たち

激烈な争いが繰り広げられる男子1500mでは、圧倒的に勝ち続けることはほぼ不可能だが、2024年シーズンは一貫して優れたパフォーマンスを示した数人の選手が活躍した。

ヤコブ・インゲブリクトセン

わずか24歳にして、インゲブリクトセンの戦歴はすでに伝説的だ。彼は、オリンピックで2個の金メダル、世界選手権を2度制覇、ヨーロッパで6度のチャンピオン、そして1500m(室内)、2000m(屋外)、3000m(屋外)で世界記録を保持している。5000mでは、世界選手権で連覇を果たし、パリ2024オリンピックでも金メダルに輝き、インゲブリクトセンの絶対的な実力は揺るぎないものとなっている。

しかし、東京2020で金メダルを獲得したものの、その後、彼が一貫してタイトルを逃している種目がある。それが1500mだ。ヨーロッパで最速の選手であるにもかかわらず、インゲブリクトセンはライバルたちに何度も屈辱を味わされ続けている。

ジョシュ・カー

戦術的な才能と揺るぎない自信で知られるジョシュ・カー(英国)は、留学したニューメキシコ大学在学中に、NCAAの1500mで3度のタイトルを獲得するなど輝かしい成績を残して、2018年にプロに転向した。ライバル争いに強い彼は、インゲブリクトセンらトラック種目の強豪選手たちに競り勝つことで名を上げている。東京2020の男子1500mでは銅メダルを獲得した。

コール・ホッカー

コール・ホッカー(アメリカ合衆国)は、2021年の米国予選を勝ち抜き、初オリンピックとなった東京2020では6位に入賞した。東京大会後はリズムと安定した結果を出すのに苦労したが、2024年は彼にとって復活の年となった。2024年の世界室内陸上競技選手権グラスゴー大会で銀メダルを獲得し、ホッカーは自身の底力を示すために究極のゴールを目指した。それはパリ2024オリンピックの決勝の舞台だった。

ヤレード・ヌグース

控えめで落ち着いた性格のヤレード・ヌグース(アメリカ合衆国)は、自称テイラー・スウィフトのファンであり、くだらない話をするよりも、ペットのカメと一緒にのんびりしている姿を見られることが多い。しかし、レースになると、ヌグースは、チャンスが訪れるまで、戦略的に自分のレースを完璧に心がけて走る。彼は、北米の男子1マイル屋外記録をもっており、米国代表中距離選手の主力として活躍している。

男子1500mをめぐるこれまでのタイムライン

男子1500mをめぐるパリ2024オリンピックまでの一連の状況を理解するため、前回の東京大会を振り返り、どのようにライバルたちの戦いに熱い炎が灯されたのか、ここで改めて確認したい。

2021年:新王者が誕生した東京2020

インゲブリクトセンは、東京2020の1500mでオリンピックおよびヨーロッパ記録となるの3分28秒32を樹立し、その存在を初めて示した。当時のライバルである2019年世界チャンピオン、ケニアのティモシー・チェルイヨットは、東京2020までに、インゲブリクトセンに12連勝を収めていた。

しかし、インゲブリクトセンは最終的にライバルたちを抜き去り、初のオリンピック金メダルを獲得した。この時、チェルイヨットは銀メダル、カーは銅メダルを獲得している。

この勝利によって、インゲブリクトセンが1500mの新たな王者としての存在感を示すものとなった。しかし、彼の実力はこの後、さらに試されることになる。

2022年~2023年:ワイトマン、カーがオリンピック王者を破る

2022年、オレゴン州ユージーンで開催された世界選手権で、英国のジェイク・ワイトマンが1500m決勝でインゲブリクトセンを破った。

あまり注目されていなかったワイトマンが、最後の直線でインゲブリクトセンを抜き去り、金メダルを奪い取ったことは、インゲブリクトセンに衝撃を与え、彼にとって苦い経験となった。

さらに、2023年、ハンガリー・ブダペストでの世界選手権では、カーが1500m決勝で優勝し、再びインゲブリクトセンは敗北を喫した。

2人はレース大半を互角に競い合ったが、カーは最後の直線でギアを上げ、インゲブリクトセンを2位にふるい落としたのだった。

インゲブリクトセンは、レース後、体調不良がパフォーマンスに影響を与えたと主張した。しかし、カーのレース後のコメントは火に油を注ぐもので、インゲブリクトセンは自分の弱点を本当に認識しているのかと疑問を投げかけた。

「彼が自分の重大な弱点に気づかない限り、2024年のオリンピック1500mで金メダルを獲るのは難しいだろう」と、新たに世界チャンピオンになったカーは言った。

その後、インゲブリクトセンは「目隠ししていても彼(カー)に勝てた」と言い放ったのだった。この時、カーとインゲブリクトセン2人のライバル間の炎が激しく燃え上がったのは言うまでもない。

パリ2024を視野に入れたダイヤモンドリーグ2024シリーズ戦での戦い

2024年のダイヤモンドリーグでの戦いもまたスリリングなものだった。

5月下旬、第5戦アメリカ合衆国オレゴン州・ユージーン大会で、カーは1マイルで優勝を飾り、2位にインゲブリクトセン、3位にヌグースが続いた。2023年の世界選手権から続くカーのこの勝利は、彼の存在感を確固たるものにした。

その5日後、インゲブリクトセンは地元ノルウェーでの第6戦オスロ大会で巻き返し、チェルイヨットを僅差で下し、劇的な優勝を飾った。

さらに、インゲブリクトセンは、7月、パリ2024開幕まで2週間に迫った第9戦モナコ大会で、ヨーロッパ記録を更新、今季世界最高記録となる3分26秒73を叩き出し、2位のチェルイヨットに2秒近い差で勝利した。彼はこの時の記録で、世界で3分27秒を切った4人のアスリートのひとりとなった。

こうして、パリ2024に向けて、順調な仕上げを行ったインゲブリクトセンが絶好調であることは、誰にとっても疑う余地がないものだった。

パリ2024男子1500m決勝「世紀のレース」

8月6日、スタッド・ド・フランスに、ワールドアスレティックス会長のセバスチャン・コー氏が「世紀のレース」と称した大舞台が整った。男子1500m決勝で、東京2020オリンピック王者のインゲブリクトセンと、世界選手権王者のカーの2人の一騎打ちに大きな注目が集まった。

素晴らしいシーズンを過ごしてきたインゲブリクトセンが優勝候補として登場し、ライバルへのリベンジを誓ったカーは「陸上競技史上、最も激しい1500mの戦いになるだろう」と予測した。

しかしながら、「世紀のレース」は別の展開を見せたのだった。

選手たちが最後の直線をフィニッシュに向けて疾走する中、インゲブリクトセンもカーも先頭にはいなかった。

彼らを背後に先頭を切ったのは、これまで注目されることが少なかった米国の23歳、コール・ホッカーだった。ホッカーは、ラスト200メートルで驚異的なスパートを見せ、スタッド・ド・フランスの8万人の観客だけでなく、しのぎを削るライバルたちさえも驚かせた。

2人のチャンピオンをさっそうと追い抜き、ホッカーは3分27秒65という、インゲブリクトセンが東京大会で出したオリンピック記録を塗り替える素晴らしいタイムで金メダルに輝いたのだった。

カーは銀メダルを獲得し、米国のヌグースが銅メダルを獲得した。オリンピックの男子1500mの表彰台に、米国人が2人同時に立つのは112年ぶりのことだった。

陸上競技界は驚愕した。圧倒的な勝利が期待されていたインゲブリクトセンは4位に終わり、目に見えて失望していた様子だった。インゲブリクトセンは、4日後、男子5000mで世界選手権連覇の意地を見せて金メダルを獲得している。

嵐が去った後も続くライバル物語

ライバルたちの戦いはパリで終わったわけではない。

パリ2024の男子1500m決勝のわずか15日後、ダイヤモンドリーグ第11戦スイス・ローザンヌ大会で、インゲブリクトセンはパリでの敗北の雪辱を果たし、新オリンピック王者であるホッカーに競り勝っている。

さらにその2週間後、今度はパリ2024銅メダリストのヌグースが、第14戦スイス・チューリッヒ大会で、インゲブリクトセンとホッカーの2人を抑えて表彰台の頂点に立った。

そして、迎えたダイヤモンドリーグ・ファイナル・ベルギー・ブリュッセル大会。インゲブリクトセンは、チェルイヨット、ホッカーを僅差で抑えて優勝し、年間チャンピオンに輝いた。彼は、パリの表彰台は逃したものの、依然としてライバルたちがターゲットとする選手であることを改めて証明してみせた。

2024年シーズンを振り返って、インゲブリクトセンはOlympics.comに語っている。「私は今、レースに影響を与えるポジションにいます。それは明らかに素晴らしいことです。今シーズン、私は多くのレースに出場してきました。そこでは、運がよい時もあれば、悪い時もありました」

2024年のトラック種目のシーズンが幕を閉じようとしている。今後、世界トップの中距離ランナーたちは、しばしの休息をとった後、インドアシーズンに向けて準備を整える。2025年の男子1500mでは、いったいどんな展開が待っているのか。期待はすでに高まっている。

パリで大躍進を遂げた米国の中距離ランナーたちは、地元開催のロサンゼルス2028でさらなる活躍を見せるだろうか?あるいは、2024年がそうであったように、新たなチャレンジャーが疾風のごとく現れ、再び男子1500m界に驚きが訪れることになるだろうか?今のところ、誰にも予測することはできない。

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