Tokyo2020から1年:その炎は、水際でも消えることはない

東京2020開会式から、ちょうど1年。池江璃花子の復活、大橋悠依の2冠達成、萩野公介の引退と瀬戸大也の現役続行など、競泳界では様々な物語があった。パリ2024に向けて、本多灯、花車優、水沼尚輝など次世代選手の活躍も目覚ましい。でもその前に、彼らの地図にはもうひとつ、「福岡」という経由地があるようだ。

文: Yukifumi Tanaka/田中幸文
写真: 2020 Getty Images

2020年の春、

新型コロナウィルス(COVID-19)の世界的な感染拡大により、その夏に行われるはずだった東京2020オリンピック競技大会は、1年の延期が決定した。オリンピックが延期することは、史上初の出来事だった。

2020年7月24日、

Tokyo2020開会式の当初の予定日だった、その当日。

開会式の会場となる完成したばかりの国立競技場には、静寂が漂う。環境に配慮したサステナビリティと、誰もがアクセスしやすいユニバーサリティといった最新の機能性を備えた新しいスタジアムの中央には、競泳の日本代表・池江璃花子が、ギリシャ・オリンピアで採火された聖なる火の灯されたランタンを携えて、白血病という大病を乗り越えた自身の経験を交えながら、鬱屈とした閉塞感に苦しむ世界中の人々へ、希望のメッセージを届けた。

「本当なら、この場所で世界中から集まったアスリートと、6万人を超える大観衆が、燃え盛る聖火を見上げているはずだった」

「今まで当たり前だと思っていた未来は、一夜にして別世界のように変わる」

「私も大きな病気をしたから、よく分かる」

「そんな中でも救いになったのはお医者さん、看護師さんなど、たくさんの医療従事者の方に、支えていただいたことです。しかも今は、コロナという新たな敵とも戦っている。本当に感謝しかありません。ありがとうございます」

「スポーツがくれる勇気や、人とのつながりは、本当にかけがえのないものだから」

「逆境から這い上がっていく時には、どうしても、希望の力が必要」

「感謝と尊敬を胸に、前に進んでいこうと思う」

彼女の言葉を心に灯し、1年後のオリンピック開催を信じて、世界最高峰の舞台を夢見るアスリートたちは、再び立ち上がり、前を向いた。

驚異的な復活

2021年4月に行われた日本選手権水泳競技大会。

Tokyo2020代表選考のかかる重要な国内最高峰の競技会へ3年ぶりに出場した池江は、100mと500mのそれぞれバタフライと自由形、合計4種目で優勝。2019年2月の白血病公表から、わずか2年という短い期間で日本の頂点へと返り咲き、一度は諦めていたという母国開催のオリンピック出場権をその手中に収めた。

最初に優勝を決めた女子100mバタフライでは、ゴール後に振り返ってスコアボードの最上部に自身の名前があることを確認すると、「言葉にできない」喜びで笑顔を見せるも、その後すぐに溢れる涙を堰き止めることができず、手で口を覆い、プールの中で動けないままでいた。

「すごく辛くて、しんどくても、努力は必ず報われるんだなって思いました」

オリンピック派遣標準記録を上回る57秒77というタイムで1位となった池江は、女子4×100mメドレーリレーのオリンピック代表選手に内定した。

「ここ(プール)にいることに、幸せを感じようと思って」

「今、すごく幸せです」

1年後の夏

2021年7月23日、

小さく優しく揺れながら、大切に保管されていた聖なる火は、10,000人以上の聖火ランナーたちによって、日本全国47都道府県を駆け巡り、1年という歳月を経て、205の国と地域から参加したアスリートたちが集う国立競技場のオリンピック開会式の舞台へと戻ってきた。最終の聖火ランナーを務めたテニス女子シングルス日本代表の大坂なおみが、絆の灯で繋がれたトーチを聖火台へ伸ばすと、東京の夜空にオレンジ色の炎がばっと輝いた。

1年延期となった夏のオリンピックが、ついに開幕した。

池江は、Tokyo2020で3つのリレー種目に出場し、メダルこそ逃したものの、女子4×100mメドレーリレーでは8位入賞を果たした。一度は諦めかけていたオリンピックの舞台へ再び立つことができ、レース後はチームメンバーと肩を寄せ合って、充実の表情を覗かせていた。

「(リオ2016からの)5年間、本当に色んなことがあって、一度は諦めかけた東京オリンピックだったんですけど、またリレーメンバーとして決勝の舞台で泳ぐことができて、すごく幸せ」

涙を拭いながら、オリンピックという特別なステージにいられることを、改めて「幸せ」と表現した。

「またここに、戻ってくることができて本当にうれしいです」

逆境から立ち上がり、夢に向かって、強く逞しく生き抜く彼女の姿は、世界中の人々の琴線に触れた。

それぞれの旅路

東京2020の競泳で、日本は大橋悠依が獲得した金2個と、本多灯の銀1個、合計3個に終わった。メダルラッシュに沸いたリオ2016で、3個のメダルを獲得した萩野公介は、東京2020終了後に休養し、2021年10月には引退を発表した。その会見では、東京2020を最後のレースと位置付けて、モチベーションを維持していたことを打ち明けた。

「休養した2019年に『辞めてもいいんだよ』とたくさんの方から言っていただいて、僕自身、その時に初めて『引退かな』と思ったが、やはり自分の心の中で、もう一度ちゃんと泳ぎたいという気持ちがあった」

「現役の最後の方は、結果を追い求めるというよりは、『なぜ自分は泳いでいるのだろう』と思いながら泳いでいた。現時点での僕なりの答えは見つけられた」

「苦しい日々も精いっぱいやって、良かったなと思う」

萩野と幼少期から、良きライバルとして良き友人として、共に切磋琢磨してきた瀬戸大也は、パリ2024を視野に競技活動を続けることを発表。メダル獲得とならなかったTokyo2020の悔しさを晴らすように、2022年6月にハンガリー・ブダペストで行われた世界水泳選手権大会(ブダペスト2022)の男子200メートル個人メドレーで銅メダルに輝いた。

「最後まで諦めず、今大会でできることを、しっかりとやり切ったかなと思います」

新たなオリンピックサイクルが動き出し、世界の若手選手が台頭してきていることにも、前向きだった。

「すごく刺激を頂けた大会になった。今回の結果を受け止めて、人生かけてパリまで頑張りたいと思います」

日本の若手選手だって負けていない。ブエノスアイレス2018夏季ユースオリンピックの男子200メートル平泳ぎで金メダルを獲得している花車優は、初出場となった世界選手権の同種目で、堂々の銀メダルに輝いた。

「(結果を出せて)ホッとしている。パリ2024で戦えることの自信になった」

「(パリまでの)2年間、しっかり頑張ろうというモチベーションにもなりました」

Tokyo2020男子100メートルバタフライ代表の水沼尚輝は、ブダペスト2022の同種目で銀メダルを獲得し、パリ2024に向かう歴史の中で、その名を「しっかりと」刻み込んだ。

「しっかりと、メイクヒストリーすることができました」

「(世界選手権で)メダルを取れたことが僕のゴールではないと思います。ここからどうやって連続してメダルを取り続けられるか。もっと上を目指したい」

Tokyo2020メダリストのふたりは、ブダペスト2022で明暗が分かれた。

男子200メートルバタフライで銀メダルを獲得した本多は、ブダペスト2022同種目で銅メダル獲得と、オリンピックメダリストの意地を見せつけた。一方、女子メドレー種目でオリンピック2冠に輝く大橋は、200メートルは準決勝敗退、400メートルは5位入賞とメダルを逃した。

パリの前に福岡へ

ブダペスト2022銅メダル獲得後のインタビューで、本多は自身が確実に成長していることを実感しているようだった。

「(東京2020の銀メダルは)運。(ブダペスト2022の銅メダルは)実力で取れた部分はあるんじゃないかと思う」

「来年の世界水泳は福岡。日本の意地を見せたいと強く思う」

そう、来年の世界水泳選手権は、福岡で開催されるのだ。

2年後のパリ2024の前に、1年後の福岡で、再びスイマーたちの熱い戦いが繰り広げられるのだ。

さぁ、焼き付けよう。

水際でも消えることのない、燃え盛るアスリートたちの炎の物語の続きを。

オリンピックに向けて。 これらすべてをゲット。

スポーツイベントを無料でライブ観戦。さまざまなシリーズに無制限アクセス。 他には真似のできないオリンピックニュース&ハイライト