Tokyo2020から1年:大会の熱狂を振り返る

2022年7月23日、私たちを熱狂に包んだTokyo2020の開会式から1年を迎える。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行、異例の1年延期など。さまざまな困難が立ちふさがったが、アスリートたちは決戦の地に集い、そして世界最高峰のパフォーマンスを示した。

1 執筆者 渡辺文重
Tokyo2020

(Getty Images)

2022年7月23日、私たちを熱狂に包んだTokyo2020の開会式から1年を迎える。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行、そして異例の1年延期など。さまざまな困難が立ちふさがったものの、アスリートたちは決戦の地に集い、そして世界最高峰のパフォーマンスを示してくれた。

■東京1964の雪辱…多くの勝利と新たな敗北

沖縄にルーツを持つ空手。そのフォームの美しさを競う「形」の男子を制したのは、沖縄県出身の喜友名諒だった。起源はアメリカ合衆国ながら、日本で圧倒的な人気を誇るスポーツ・野球を制したSAMURAI JAPAN(男子日本代表)に、北京2008に続く大会連覇を達成した女子ソフトボール日本代表。日本人によるオリンピック金メダル獲得は、多くの日本人に歓喜をもたらしてきた。

嘉納治五郎、日本初のIOC(国際オリンピック委員会)委員でもある彼によって体系化された「柔道」は、オリンピックにおいて最も日本人の胸を熱くさせてきた競技の1つだ。しかし初めて正式競技として行われた東京1964の記憶は、決して甘いものではない。当時は全4種目。軽量級、中量級、重量級では日本人選手が金メダルを獲得するも、無差別級で勝利を収めたのはアントン・ヘーシンク(オランダ)だった。

ヘーシンクの勝利が「JUDO」の国際化、現在に至る競技普及の契機となったことは間違いないものの、東京で開催されるオリンピックで雪辱を果たすことは、日本柔道界の悲願でもあった。そして迎えたTokyo2020。競技初日、大会を通じて日本人最初の金メダルを獲得した髙藤直寿を皮切りに、阿部一二三・阿部詩兄妹の同日優勝、大野将平のオリンピック2連覇、個人種目最終日に素根輝が制覇と、日本の柔道家たちは目覚ましい活躍を見せる。

競技最終日の混合団体。この新種目で日本は有終の美とするはずだった。しかし日本は決勝でフランスの前に屈する。大野には出番すら与えられなかった。日本に多くの勝利をもたらした柔道は新たな敗北を抱え、パリ2024へと向かう。

■王者継承と新時代の萌芽

オリンピック4連覇(62キロ級/57キロ級)の伊調馨を破ってTokyo2020日本代表となった川井梨紗子によるオリンピック2連覇(62キロ級/57キロ級)。日本卓球界をけん引してきた水谷隼と、2000年生まれの“魔王”伊藤美誠。ベテランと若手がコンビを組んで獲得した混合ダブルス金メダル。現役でいられる時間が限られるスポーツの世界において世代交代は必然であり、いつもドラマチックだ。

男子個人総合での出場は逃し、唯一の出場となった男子種目別平行棒の予選で落下による演技終了。体操の男子個人総合でロンドン2012、リオデジャネイロ2016を制した内村航平の最後は、あまりにも突然のことだった。しかし王者は継承される。内村に代わって男子個人総合を制したのは、橋本大輝だった。日本人による男子個人総合3連覇は、新たな黄金時代の幕開けとなるだろう。

オリンピックでは100年以上の空白があるものの、稲見萌寧による日本ゴルフ史上初のメダル獲得は、歴史的な快挙として迎えられた。このように、オリンピックという舞台で新たな光を放った存在もある。女子5人制バスケットボール日本代表はその象徴だ。

バスケットボールは、3x3(3人制)こそTokyo2020の新種目ながら、男子5人制はベルリン1936、女子はモントリオール1976から採用されており、オリンピックプログラムの中でも決して短くない歴史を持つスポーツと言える。しかし、これまで日本代表が表彰台に上ることは一度もなかった。渡嘉敷来夢の負傷に、大崎佑圭の現役引退……。トム・ホーバスHC(ヘッドコーチ)率いるAKATSUKI FIVE(日本代表)は、1年延期によるネガティブな影響を多く受けたチームの1つだった。それでも、最後は米国代表に敗れたものの、苦境をはねのけて銀メダルを獲得。このニュースは、世界に衝撃を与えることとなった。

■選手だけでは生まれなかった感動

自転車トラック競技の女子オムニアム世界王者としてTokyo2020を迎えた梶原悠未は、最終種目ポイントレースの終盤、ほかの選手と接触して転倒するアクシデントに見舞われた。しかし梶原は破れたジャージーのままレースに復帰し、2位の座を守り抜く。梶原はレース後「苦しい時に背中を押してくれた」と、伊豆ベロドロームに集った観客に感謝を述べた。

札幌で開催された男子マラソン。圧倒的なパフォーマンスを示したエリウド・キプチョゲ(ケニア)によるオリンピック2連覇、大迫傑の6位入賞は称賛をもって受け入れられたが、それ以上に観客の感動を呼んだのがメダル争いだった。

スパートを仕掛けて2位集団を抜け出たアブディ・ナゲーエ(オランダ)は後ろを振り返り、ローレンス・チェロノ(ケニア)と競り合うバシル・アブディ(ベルギー)を手招きして励ました。フィニッシュ後、銀メダルのナゲーエと銅メダルのアブディは抱き合って喜ぶ。国籍は異なれど、ともに32歳でチームメイト。そして互いに、内戦下のソマリアからヨーロッパへと渡った難民というルーツを持っていたのだ。

男子走高跳では、2人の金メダリストが生まれた。全くの同記録で並んだムタズエサ・バルシム(カタール)とジャンマルコ・タンベリ(イタリア)は大会側とも協議の上、ジャンプオフの提案を退け、栄冠を分け合うことになった。男子110mハードルのハンズル・パーチメント(ジャマイカ)は準決勝前に乗るバスを間違え、競泳会場に向かうというトラブルに見舞われる。しかし、大会ボランティアの助けを借りて会場に到着。この話は、金メダリストの心温まるエピソードとして広く伝わることとなった。

選手たちはもちろん、ボランティアを含めた大会関係者、そしてスタジアムには入場できなかったかもしれないが、競技を見守った多く観客の存在が、Tokyo2020を盛り上げたことは、永く記憶されることだろう。

もっと見る