「チーズ?」
英国の体操選手ジェイク・ジャーマンがスーパーフードのひとつとしてチーズを挙げるならば、Olympics.comだけではなく多くの人が目を丸くするだろう。思わずその答えを確かめるように聞き返すと、ジャーマンは「違う、チアシードだよ。チーズも良いけどね」と笑顔で教えてくれた。
栄養価が特に優れた食材「スーパーフード」として、チアシードなら納得がいく。
チアシードには、カルシウム、マグネシウム、リンなどのミネラルが豊富に含まれ、骨や心臓、消化器系などの健康維持に役立つことで知られている。あらゆる世代の人にとって有益な食材とされ、なかでも10代から大人へと体が成熟していく過程にある若い体操選手には特に効果が期待される。
4月にトルコのアンタルヤで開催されたヨーロッパ選手権でOlympics.comの取材に応じた21歳のジャーマンは、1週間にわたって開催された同大会で、メダル3つを獲得した。それは栄養を正しく摂り入れることが重要な場面でもあった。
話を聞いてみると、そこには体操競技における経験をもとにしたより健康的な視点がある。どのような食品も禁止されているわけではなく、個々の体が求めるものや状況に合わせてバランスの良い食事を摂ること。
体操界を牽引するシモーネ・バイルズもまた、よりバランスの取れた食生活を推奨している。
シモーネ・バイルズの健康的食生活
「私についてひとつあるとすれば、今、ホットドックを食べようとしていること」。オリンピックで7つのメダルを獲得しているバイルズはソーシャルメディアでこうつづり、ホットドッグの絵文字を添えた。
タンパク質、食物繊維、果物、野菜は、バイルズの食生活の基本である。しかし、自身3度目のオリンピックとなるパリ2024出場を目指して競技に復帰したばかりのバイルズは、焼き菓子、特にシナモンロールが大好きなことでも知られている。あるトレーニングセッション後の彼女の「シナモンロール、ブラウニー、クッキーを食べたい」という言葉は、彼女のフォロワーの共感を呼んだ。
彼女は2020年に「Women's Health」誌に対し、「私は自分の気持ちがよくなるものを食べるようにしているの。いつもジムにいるから、食べ過ぎたり、詰め込んだりしないようにしている」と語った。
食べたものを記録することも彼女のスタイルではない。「(食事内容を記録することは)健康上の問題や食べることへの問題につながる可能性がある。私は記録しないようにしています」と続けた。
直感的な食べ方をするバイルズは、その日その日で自分の体が何を求めているかに耳を傾ける。それが先日ベルギー・アントワープで行われた世界選手権のときのように、ご当地スイーツを楽しむことを意味するのであれば、それはそれで良いのだろう。
大会が終わって1週間後、バイルズは「まだベルギーのワッフルの夢を見ているの」と投稿した。
バイルズはこの世界選手権において、個人総合で6度目の優勝を飾り、個人種目で25個目のメダルを獲得して、男女を通じて史上最も成功した体操選手となった。
ジェイク・ジャーマン、個人に合った栄養バランスがカギ
体操のトップアスリートは、1日6~7時間のトレーニングを週6日行う。必要なエネルギー、体力回復、ケガ予防を考慮した上で、選手一人ひとりに合った栄養プログラムがカギとなる。
ジャーマンがOlympics.comに語った彼自身の栄養哲学は、「水分補給、ワークアウト後の筋肉の疲労回復に最も有効なタンパク質の摂取、そして体力を回復させるための炭水化物」だと話す。それは状況によって変更されるものでもある。
Olympics.comが彼に話を聞いたその日、彼は種目別・跳馬の決勝で銀メダルを獲得し、6日間にわたる4日間の競技を終えた。
「今日みたいな日は、トレーニングしたり大会に出たりと、(体にかかる)負荷が高く、何時間も続くため、炭水化物は本当に重要です」
果物が好きで中でもラズベリーが大好物という彼が、もし普段は避けているものを口にするとしたら、それはバイルズの好物と似ている。「おいしいクッキーかな。おいしいクッキーが大好きなんだ」。それはおそらく、お菓子作りに並々ならぬ情熱を傾ける彼のガールフレンド、ジョージア・ディリーさんが作ったものだろう。彼女が昨年ジャーマンのために作った21歳のバースデーケーキは、彼が好きなハリー・ポッター、観葉植物、レゴがテーマだった。
エルサベス・ブラック、体操選手そして料理家
体操界でもうひとりの焼き菓子好きは、カナダのエリザベス・ブラックだ。
オリンピックに3度出場した経験を持つブラックは、健康的で栄養のある食べ物に情熱を注いでいる。彼女は#EatingwithEllieというハッシュタグを作り、「スパイスの効いたかぼちゃのエナジーボール」や「ヘルシーなバナナとチョコチップのマフィン」など、栄養価の高いお気に入りの食べ物を紹介している。
また、ニンジンなどの新鮮な食材を市場で買っている写真を投稿したり、食通のフォロワーにお気に入りのレシピをリクエストしたりもしている。
ヘルシーな料理を作ることは、体操選手としての日々のトレーニングを紛らわせるのにも役立っている。
クリスピーチキン、蒸しブロッコリー、キヌアのレシピと一緒に、彼女は「家庭料理を作るのは、私の好きなことのひとつ」と投稿。「自分の体に何を摂り入れているのかを知るのが好きだし、家族のためだけでなく自分のために料理をするのも好き。癒しにもなるしね」と続けた。
競技会のための栄養摂取も重要だ。
「色々試してみたいと思う食材のひとつは、卵。いつも鶏肉や同じタンパク質を摂っていると、同じことの繰り返しになってしまうから」。2021年7月の東京オリンピックを前にSaltwire.comにそう語ったブラックは、「アスリートとして食事に変化をつけることも重要。家を離れて移動していることが多く、常に動き回っているので、食事計画を立て、いざというときのためにレシピを準備しておくことが重要です」と続けた。
トップアスリートたちの多くが声をそろえる「コントロール可能なものをコントロールする」という哲学は、食事にも応用できると彼女は言う。
オリンピックのような一大イベントの期間中に、「何を食べるか」という意思決定プロセスを省くことで、精神的に消耗する可能性のある選択を最小限に抑えることができるとブラックは考える。
「チームとしても個人としても、私たちは普段と同じような準備をします。というのも、それに馴染んでおくことがとても大切だから。例えば私の場合は、かためのゆで卵とオートミール、そしてフルーツが大会前の食事のお気に入り。朝であれ、昼であれ、夜であれ、大会に出る日はそれを食べます」
「Lサイズの卵2個で13gのタンパク質が摂れるので必要なエネルギーの補給にもなるし、これなら自分でコントロールできる。だから、たとえ旅行中であっても、合宿中であっても、大会中であっても、いつものルーティンや食事、大会後のリカバリーに集中することができます」
パリ2024に出場することになれば、彼女にとって4度目のオリンピックとなる。彼女は最高のパフォーマンスとトレーニングのために、自分にとって何がベストなのかを導き出したようだ。
ジェシカ・ガディロワとアリス・キンセラが掲げる目標
「個人の嗜好がカギになる」ことに同意する英国の体操選手アリス・キンセラは、大会の3〜4週間前には少し「厳しめかも」と話す。
「でも、それ以外は特に厳しい食事制限は課していません。私はそうするようなタイプの人間ではないので、自分にとってベストなことをするだけ」
2019年ヨーロッパ選手権の種目別・平均台で優勝した彼女が、大きな競技会の後、普段は食べないものに舌鼓を打つとしたら、それはマクドナルド。「たまにマクドナルドを食べるのが好き。家に帰ったら、すぐにマクドナルド」と彼女は笑顔で語った。
キンセラと同じく英国出身の体操選手で、2022年の世界選手権で団体総合の銀メダル獲得に貢献したジェシカ・ガディロワも、体に合ったものを摂取することを大切にしている。18歳のガディロワは、「私はバランスの取れた食事をするだけ。十分な炭水化物、十分なタンパク質、十分な野菜や果物。私がやることを可能にするために十分な栄養を摂っています」と語る。
ガディロワは、体操界における栄養に関する意識が良い方向に変化している兆候も示した。
「大会の後は、食べるものに関して少しリラックスするけど、その後は普段の生活に戻ります。というのも、私はもともとの自分の食生活が好きだから。『ご褒美飯』とかいう風に考えるのではなく、自分のやっていることを好きになることね。私はバランスの取れた食事をして、楽しんでいるだけなんです」。