冬季オリンピックを振り返る: 札幌1972 - 日本・アジア初開催50周年

今年は、北京2022のオリンピックイヤーというだけでなく、日本とアジア初開催の冬季オリンピックとなった札幌1972から50周年というメモリアルな年でもある。開幕まで1ヶ月を切った4年に1度の冬の興奮を前に、半世紀を経過した今でも息づく日本発のオリンピックレガシーを振り返ってみよう!

文: Yukifumi Tanaka/田中幸文
写真: 2005 Getty Images

冬季オリンピックイヤーの2022年、明けましておめでとうございます!

今からちょうど50年前の冬のこと。1972年2月3日、ギリシャ・オリンピアで採火された聖なる火が、北海道・札幌に設けられた聖火台に灯された。

日本のみならずアジア地域においても初開催となった冬季オリンピック、札幌1972が開幕した。35ヶ国・1,006名のアスリートを迎えて行なわれた歴史的な冬のオリンピックは、50年を経過した今でも息づくレガシーが活用され、日本のみならず、アジア諸国を中心に世界をインスパイアし続けている。

開催50周年を記念して、日本・アジア初開催となった札幌1972を振り返ってみよう!

日の丸飛行隊

母国で開催されるオリンピックにおいて、ホームの声援を受けながら金メダルを獲得することは、選ばれたオリンピアンにだけに与えられる千載一遇の名誉なことだろう。そんな稀有な出来事が、札幌1972で起こった。

スキージャンプ男子ノーマルヒル (70m)に出場した笠谷幸生は、2本のジャンプともに最上位のポイントを獲得して完全優勝を果たし、日本初開催の冬季オリンピックで、日本人初となる冬季オリンピック金メダルを、その掌中に収めたのだ。そして、冬のオリンピックを初めて観戦する多くの日本人観衆の盛大な祝福を受け、この上ない歓びを札幌の雪上で分かち合った。

ドラマは、これだけで終らない。

同じノーマルヒル競技に出場していた、金野昭次が2位で銀メダル、青地清二が3位で銅メダルに輝き、日本人3選手が表彰台を独占したのだ。冬のオリンピックでは、後にも先にも成し遂げられていない歴史的な快挙に、日本だけでなく世界中の人々が、開催国出身のスキージャンパーの活躍に熱狂した。

この記録的な功績により、彼らは「日の丸飛行隊」という愛称で親しまれるようになり、日本のスキージャンプ人気の礎を築いた。そして、次世代アスリートたちへのインスピレーションの端緒にもなった。

たとえば、長野1998の団体ラージヒルにおいて、日本の金メダル獲得の立役者となった原田雅彦は、そのひとりだ。

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それから、札幌1972の開催年に生まれた葛西紀明は、アルベールビル1992から平昌2018まで、8大会連続で冬季オリンピックに出場するという最多記録を更新しており、“レジェンド” として世界中からリスペクトされている。特に、41歳で出場したソチ2014では、個人ラージヒルで銀メダル、団体ラージヒルで銅メダルを獲得するなど、日本のスキージャンプ人気を牽引してきた。そして今、葛西は9度目となるオリンピック出場を目指しながら、若手選手への指導・育成にも力を入れている。

このように、札幌1972を通じて育まれたウィンタースポーツへの情熱という無形レガシーは、さらに次の世代へと継承されている。

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1972年製 持続可能性

日本初開催の冬季オリンピックを契機に、札幌の街は様々に整備され、人口200万人を抱える北の都として大会後も発展していく。

札幌1972のために建設された、宮の森(ノーマルヒル)と大倉山(ラージヒル)のふたつのスキージャンプ競技場では、毎年ノルディック複合とスキージャンプのワールドカップが開催されている。過去には世界選手権も実施されるなど、オリンピックから50年経過した今でも、継続的に国際大会の会場として、世界のトップアスリートたちがこの地を訪れている。

同じく札幌1972に向けて整備された真駒内公園には、屋外と屋内の競技場が新設され、今でも多目的に使用されている。屋外スタジアムでは、50年前にはオリンピックの開会式とスピードスケートの会場としての役割を果たし、現在では冬のスポーツだけでなく、サッカー、陸上、テニスをはじめとする夏のスポーツの競技場としても利用されている。また、屋内アリーナについても、札幌1972で実施されたフィギュアスケートやアイスホッケーが今でも行なわれているだけでなく、冬を除く期間は、バレーボールや柔道など氷を必要としないインドアスポーツはもちろんのこと、音楽コンサートなど文化的催事にも使えるフレキシブルな機能を備えており、半世紀経った今でも札幌市民を中心に多くの人々から愛されている。

札幌1972開幕の1年前には、市内初となる地下鉄も開業した。南北に離れた複数のオリンピック会場の一時的な輸送だけでなく、人口増に伴って社会問題となっていた大雪時の交通渋滞の解消にも一役買った。

日本初の冬季オリンピックが残した有形レガシーは、このように多種多様に活用され、札幌はウィンタースポーツの人気観光地として成長し、日本のみならず海外からの訪問客を魅了し続けている。半世紀も前から、札幌というホストシティは、冬季オリンピック発のサステナビリティを実現しているのだ。

次のアジア目的地へ

札幌1972の成功を経て、日本は2度目となる冬季オリンピック、長野1998も成功裏に開催する。それからちょうど20年後、今度は韓国が、アジアで3度目となる冬のオリンピック、平昌2018を開催した。

では、次のアジアの冬季オリンピック目的地は?

札幌1972から半世紀というメモリアルイヤーに、中国の首都・北京が、もう間も無くで、冬のオリンピックの舞台を夢見る世界中のアスリートたちを歓迎する。

北京は、2008年に開催した夏のオリンピックのレガシーを活用して、持続可能性に配慮した冬のオリンピックを実施しようと、最終の準備を進めているところだ。そして、夏冬両季のオリンピックを経験する唯一無二のホストシティとして、北京は新たな歴史を刻もうとしている。

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まだ誰も知らない興奮のドラマの行方を想像するだけで、なんだかドキドキとワクワクの鼓動が止まらない。

北京2022は、2月4日に開幕する。

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