吉永一貴 : 名古屋から世界へ、ホープからエースの進化

ショートトラック日本代表・吉永一貴が、今週末のワールドカップに出場する。会場は、地元である愛知・名古屋。4年前、史上最年少で平昌2018のチケットを手にしたのも、名古屋での出来事だった。進化を続ける若き才能は、北京2022のエースへ成長し、故郷のアイスリンクへ戻ってくる

文: Yukifumi Tanaka/田中幸文
写真: 2021 Getty Images

手に汗を握りながら観戦してしまう冬のスポーツのひとつといえば、ショートトラックではないだろうか。その名の通り、111.12mという短いトラックで、氷面すれすれに体を傾けながら楕円のコーナーを滑走し、ゴール直前まで行方の分からない0.001秒の争いは、本当にスリル満点だ。それだけでなく、ライバルを妨害しないようにクリーンな滑りに注意を払いながら、どのタイミングで仕掛けるのか、外からあるいは内から攻めるのか、選手同士の心理戦も見どころだ。

日本勢のショートトラックといえば、母国開催の長野1998において西谷岳文の金メダルと植松仁の銅メダルの獲得以降、オリンピックの表彰台から遠ざかっている。

北京2022にてメダル獲得という新たな歴史を築くべく、今、日本の若手スケーターたちが鎬を削り、始まったばかりのワールドカップに参戦している。そのひとりが、平昌2018で当時、最年少18歳という若さで日本代表に選出された、吉永一貴だ。

生まれ故郷である愛知・名古屋で、吉永は数々のサクセス・ストーリーを紡ぎ出してきた。そして、今週末には、彼の地元で開催されるワールドカップ第2戦へ出場する。

ホープと呼ばれた平昌大会から4年、北京大会でのメダルを目標に、日本のエースとして進化する若きスケーターの成長に迫る。

最年少の偉業

全日本3連覇、世界選手権でも総合2位に輝いたことのある、ショートトラック選手だった母に連れられ、レースを間近に見て以来、吉永はずっと、このスポーツに魅せられているという。8歳から滑り始め、めきめきとそのスキルを上達させ、ジュニアの大会で数多の勝利を収めるようになっていった。

大きな注目を浴びるきっかけになったのは、高校1年生の時だった。

2016年1月、若干16歳で全日本選手権を初優勝、史上最年少でのタイトル制覇だった。

そして、その1ヶ月後には、日本代表としてリレハンメル2016冬季ユースオリンピックに出場。計3種目に出場し、男子500mでは銀メダルに輝いた。

名古屋発のオリンピックチケット

そして迎えた、オリンピックシーズン(2017/2018)。平昌大会の最終選考レースは、全日本選手権だった。

2017年12月、吉永は慣れ親しんだ故郷の氷の上にいた。

得意の1500mでは2位に甘んじたものの、500mと「気持ちで滑った」という3000mで、金メダルに輝く。そして、総合成績第1位となって、2度目の全日本を制覇。地元の友人や家族が見守る中、平昌オリンピック行きの切符を、その掌中に収めた。

オリンピック出場のために、半年間ショートトラック強豪国の韓国へ武者修行し、苦手な野菜を我慢して食べて、体質改善にも取り組んできた。その努力が実った瞬間だった。

18歳という史上最年少でオリンピック代表入りを果たすという記録を打ち立てながらも、吉永は決して奢ることなく、オリンピック出場の喜びを噛み締めた。

「自分の年齢でこれだけの体験ができていることは、本当に幸せ者です」

- 吉永一貴・中日新聞より

吉永一貴(ショートトラック男子1000m準々決勝)= 平昌2018
写真: 2018 Getty Images

止まらぬ進化

平昌2018での経験を糧にして、吉永はその進化にブレーキペダルを踏まない。

平昌オリンピック直後の、2018/2019シーズンのワールドカップ開幕戦 (カナダ・カルガリー、2018年11月)1500mで、優勝を果たす。日本男子としては17季ぶりにワールドカップ表彰台のてっぺんに上った。

順風満帆の滑り出しかと思いきや、腰の怪我に悩まされ、さらにはCOVID−19のパンデミックにより、2020/2021シーズンは国際大会に全く出場できなくなってしまった。それでも、吉永は前向きだった。得意でなかった右脚を強化し、怪我の影響でうまく使えていない左脚とあわせて、バランスよく両脚を調整しつつ、さらに自ら洗い出した課題にも挑戦してきた。

そして、第2章となる北京オリンピックに向けて、意気込みも十分だ。

「(北京2022は)22歳と身体的にもいい時期に臨める。しっかりと準備し、フィギュアスケートやスピードスケートに負けない成績を残したい」

- 吉永一貴・産経新聞より

ふたたび、故郷へ

先週木曜日(10月21日)に開幕したショートトラック・ワールドカップの初戦は、北京2022の会場となる首都体育館で、テストイベントを兼ねて行なわれた。

1000m決勝に進んだ吉永は、わずか0.001秒差で4位となり、あと一歩でメダルに届かなかった。しかし、まだ時間はある。なにより、次戦のワールドカップは故郷・名古屋で行なわれるのだ。

一息吐く間もなく、北京オリンピックの会場から地元のアイスリンクへ移動し、次の戦いに備える。

吉永にとって、名古屋という場所は、単に故郷という場所だけではない。4年前、最年少にして憧れの檜舞台へのチケットを手に入れた、験がいい場所でもある。ホープからエースへと成長を遂げる若き才能の滑りを、しっかりと見届けよう。

ショートトラック・ワールドカップ第2戦(日本・名古屋)は、10月28日に開幕する。

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