写真: European Para Championships 2023
国際パラリンピック委員会(IPC)は、パリ2024パラリンピックまであと50日となった7月9日、史上最大となる難民選手団8人の選手と1人のガイドランナーを発表した。
世界中で強制移住を余儀なくされた1億2000万人以上の人々を代表するこの8人の選手は、6か国に拠点を置き、パラ陸上競技、パラパワーリフティング、パラ卓球、パラテコンドー、パラトライアスロン、車いすフェンシングの6つの競技に出場する。
すべてのパラリンピアンには困難や逆境を乗り越え、再び前進する感動的なエピソードがありますが、戦争や迫害から生き延びて難民となり、それでもパラリンピックに出場するアスリートたちの物語は、特に胸を打つものがあります。
残念ながら、世界には1億2000万人以上の強制移住を余儀なくされた人々がいます。その多くは過酷な状況に置かれています。これらのアスリートたちは困難に打ち勝ち、並外れた決意でパリ2024に挑み、世界中のすべての難民に希望を与えています。パラリンピック難民選手団は、スポーツの持つ変革的な影響力を強く印象付けています。
パラリンピック三大会連続で、目標に向かって前進し続ける難民選手団が、チャンスが与えられた時にどれほどの成果を達成できるかを世界に示します。難民選手は、スポーツのみならず様々な分野でスキルと才能を発揮し、成長する機会を得ることで大きな成果を生み出すことができるのです。
私たちUNHCRは、スポーツを難民にもたらすための国際的なパートナーシップにおいて重要な役割を果たしているIPCに深く感謝しています。スポーツは、難民の精神的および身体的な健康、そして彼らを受け入れているコミュニティのインクルージョンとインテグレーションにとって、極めて重要なものです。
クダダディは、母国からの過酷な脱出直後に東京2020パラリンピックに出場し、注目を集めた。現在はフランス・パリに住んでいる。2023年のヨーロッパテコンドー選手権では、47kgカテゴリーで優勝し、その勝利を母国の女性たちに捧げた。
視覚障がいを持つスプリンターのアタンガナは、同じ難民でガイドランナーのドナード・ンディム・ニャムジュアと共にパリに挑む。東京2020パラリンピックでは400m T11クラスで4位に入り、惜しくもメダルを逃した。難民パラリンピックチーム(RPT)の支援を受けて出場した2024年6月のワールドパラアスレティクスグランプリ大会(スイス)では、400mで優勝、100m決勝で2位の成績を収めている。元々はサッカー選手として活躍することを目指していたが、視力を失った後、陸上競技に転向した。現在はイギリスに住んでおり、パリでは100mと400mのT11クラスに出場する。
パリ2024は、アル・フセインが難民選手団の代表として出場する3度目のパラリンピックとなる。これまではパラスイミングの代表として出場していたが、今大会ではパラトライアスロンに出場する。リオ2016の開会式では、内戦中に友人を救出しようとして爆発で脚を失ったアル・フセインが、難民選手団の旗手を務めた。
パリ2024は、アッバリキが出場する2度目のパラリンピックとなる。彼はロンドン2012で砲丸投げに出場した。2010年のアジアパラ競技大会では金メダルを獲得し、アジア記録を樹立した。
ダルビッシュのパラリンピックへの夢は、ロンドン2012パラリンピックをテレビで観戦したことから始まった。彼はドイツに到着後、難民キャンプで2年間を過ごす。はじめは銀行口座がなく、トレーニングできるスポーツクラブを見つけることに苦労したが、パラリンピックの夢を実現するために努力し続けた。RPTの支援を受け、2024年6月のワールドカップ(トビリシ)80kg級で銅メダルを獲得した。
ホセイン・ポールはドイツに到着後、家族と離れて様々な難民キャンプで生活してきた。彼は2021年にバーレーンで開催されたアジアユースパラ競技大会で2つの金メダルを獲得した。
16歳の時に母親を亡くし、その4年後に交通事故で脚の機能を失うというさらなる悲劇に見舞われたグルエソは、病院で療養中に自分の物語を本に書くことを誓った。しかし、メダルを獲得するアスリートになればより多くの人に自伝を読んでもらえると気付き、現在はイタリアに住み、トレーニングに励んできた。RPTの支援を受けて、今年5月にブラジルで開催された車いすフェンシングアメリカ選手権に出場し、男子エペカテゴリーBで銅メダルを獲得した。これは、彼のスポーツキャリアにおける最高の業績の一つとなった。
ハッサンザダは平和に暮らせる国を求めて何度も移住を余儀なくされ、数々の危険に直面しながら最終的にオーストリアで安全な暮らしを見つけた。「私の人生は、右手を失うことを含め多くの困難に溢れていましたが、スポーツは逆境をチャンスに変える方法を教えてくれました」と彼は語った。
難民選手団を率いるのは、団長(シェフ・ド・ミッション)のナイシャ・ムハラクルワだ。彼はロンドン2012にジンバブエ代表として同国から参加したわずか2人の選手のうちの1人で、車いすテニスに出場した経歴を持つ。過去5年間、国際パラリンピック委員会(IPC)のスタッフとして国際連盟を含むメンバーと直接協力し働いてきた。ムハラクルワは、RPTの選手団長に任命されたことを「身の引き締まる思いです」と語った。
「難民選手団は私たち全員に模範を示しています。難民選手たちは、彼らの状況がどれほど困難であっても、パラリンピックスポーツの最高レベルで競技する方法を見つけました。この8人のアスリートと1人のガイドにより、私たちは歴史上最も強く、最も準備の整った難民選手団を擁することになります。彼らは強制移住を余儀なくされた世界中の人々だけでなく、世界の12億人の障がい者を代表します」とムハラクルワは語った。
難民選手団はIPCの旗の下で競技し、8月28日にシャンゼリゼ通りとコンコルド広場で行われる開会式で最初に行進するチームとなる。IPCは競技成績などいくつかの基準に基づき、国際連盟と協議の上でこのチームメンバーを選出した。また、選手の難民ステータスは、受け入れ国によって決定され、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によって承認される必要がある。
パリ2024難民選手団は、ワールドワイドパラリンピックパートナーのAirbnb、アシックス、UNHCR、フランスのスポーツ省、パリ2024大会組織委員会、ランスのハイパフォーマンスセンター(CREPS)からサポートを受けており、IPCは、チームへの支援に対してこれらの団体すべてに感謝の意を表している。
難民選手団は、リオ2016で2人、東京2020で6人の選手が参加した。
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