なぜフェイス・キピエゴンはライバルたちに愛されるのか/ダイヤモンドリーグ2024ファイナル・ブリュッセル大会

オリンピック3連覇のフェイス・キピエゴンは、2023年6月、女子1500mの世界新記録を樹立してウィニングラップを終えようとした時、共に競い合ったライバルたちが彼女を祝福するために待っていてくれているのを見て心を和ませたことがあった。

1 執筆者 Jo Gunston
Faith Kipyegon of Kenya celebrates winning women's one-mile race in a world record time with Winnie Nanyondo of Uganda at the Monaco Diamond League
(Photo by Valerio Pennicino/Getty Images)

フィニッシュラインに集まったアスリートたちは、歓声を上げ、笑顔を見せ、喜びの抱擁を交わしていた。

しかし、彼女たちは母国のリレーチームや選手の勝利を祝っているのではなく、「ライバル」を祝福するために集まったさまざまな国のアスリートたちだった。

その喜びの瞬間の中心にいたのは、ケニアのフェイス・キピエゴンだった。彼女は、2023年6月2日、イタリアで開催されたダイヤモンドリーグ・フィレンツェ大会の女子1500mで、エチオピアのゲンゼベ・ディババが2015年に打ち立てた記録3分50秒07を約1秒更新し世界新記録を樹立した。

彼女は3分49秒11の記録を打ち立てた後、ウィニングラップを終えて戻ってきたところ、彼女のライバルたちが笑顔で彼女を待っていることに気づいた。

「これこそが、私たちの競技における真のスポーツマンシップのあり方です」と、感激したキピエゴンは話した。「彼女たちが私を待っていてくれるのを見て、心が和みました」

パリ2024オリンピックを1年後に控え、ライバル同士がしのぎを削るこの時期に見られたこの瞬間は、特別なものとなった。それがキピエゴンの魅力だ。彼女は女子1500mの3度の世界チャンピオンであり、パリ2024では3連覇、5000mでも銀メダルを獲得するほどの他の選手たちにとっては最強のライバルだ。しかし、キピエゴンの仲間たちは、世界記録がどれほど特別なパフォーマンスであるかだけでなく、キピエゴンがどれほど特別な人物であるかも知っていた。

2023年6月2日、ダイヤモンドリーグフィレンツェ大会の女子1500mで、ケニアのフェイス・キピエゴンが世界新記録を樹立しライバルたちに祝福された。

(Photo by Valerio Pennicino/Getty Images)

裸足のランナー、フェイス・キピエゴン

9人兄弟の8番目として生まれたキピエゴンは、ケニアのリフトバレー州にある小さな町ケリンゲットの近くの農場で育った。

子どもの頃から競争心が強かった彼女は、最初はサッカーや体操をしていたが、学校の体育でたまたま1kmを走ることがあり、それに勝つことができた。

「私が陸上競技を始めたのは、まるで魔法のようなものでした」と、キピエゴンはパリ2024を前にOlympics.comに話した。「走ることで、どこかよいところへ連れて行ってもらえるかもしれない」彼女の予感は正しかった。

裸足で走ることから始めたキピエゴンの歴史的な偉業は、スポーツ界全体にも知れ渡り、同時に新たな夢も実現した。

「私がベストを尽くし、長い道のりの中で努力を重ね、オリンピックで金メダルを獲得したのを知ってもらうことで、若い女の子や女性たちを励ましたいと思っています」

2018年、キピエゴンは家族を持つためにトラックから離れる決断をした。出産後、妊娠による体の変化を調整しながらトラックに戻ろうと考えていた。リオ2016金メダリスト、2017年世界陸上ロンドン大会のチャンピオンだったキピエゴンは、娘のアリンを出産した後、21か月間の休養を経て競技に復帰を果たす。そして、母親となった彼女は、2019年世界陸上ドーハ大会で銀メダルを獲得して復活を果たし、東京2020で連覇を成し遂げたのだった。

「私は、アフリカだけでなく、世界中の若い世代や女の子たちに可能性を信じることを伝えたいのです。そして、陸上競技が職業の選択肢のひとつになるという夢をもってほしいのです」と、キピエゴンは英国・陸上専門誌Athletics Weeklyに話している。

「私は彼らの手本になって正しい道を示し、私から学んでほしいのです。彼らが『フェイスのように何かを成し遂げたい』と思ってくれることを望んでいます」

ライバルたちを鼓舞するフェイス・キピエゴン

2023年ダイヤモンドリーグ・フィレンツェ大会の女子1500mでキピエゴンが世界新記録を樹立した後、フィニッシュラインで彼女を待っていたのは、まさにそんな女性たちだった。

「世界記録保持者について行くのはすごく大変なことです!フェイスのために私は本当に嬉しいです。彼女にそれはふさわしいです」

東京2020でキピエゴンに続いて銀メダルを獲得した英国のローラ・ミューアは、スコットランド陸上競技連盟のインタビューでこう語った。

ミューアは、キピエゴンをトラックの中で最も間近で見続けてきたひとりであり、そのハイペースなレースは、彼女自身のスコットランド国内記録を何度も更新する助けにもなった。

キピエゴンがパリ2024直前の今年7月7日、ダイヤモンドリーグ・パリ大会で自身の世界記録を破り、3分49秒04を記録した時、ミューアは同じレースで3分53秒79の英国新記録を樹立して3位に入っていた。

「これで、フェイスとは4回連続で同じレースに出場しましたが、フェイスはいつも世界記録を樹立しています」と、ミューアは笑いながら話した。キピエゴンが世界記録を樹立した2つのレースに加え、彼女が2023年6月に女子5000m、7月に1マイルの世界記録を樹立した時にも同じレースを走っていたことを指摘した。

「もしかしたら私は、彼女の幸運のお守りかもしれませんね。彼女の素晴らしい記録には感激しますし、私がそれらのレースの一部であったことを誇らしく思います」

オーストラリアのジェシカ・ハルも、ダイヤモンドリーグ・パリ大会ではキピエゴンに次いで2位に入り、オセアニア新記録の3分50秒83を記録し、世界歴代5位のタイムをマークした。ハルはまた、パリ2024でキピエゴンに次いで2位に入り銀メダルを獲得し、初めてのオリンピックメダルを獲得した。

「彼女は本当に素晴らしい人です」とハルは話した。ハルは、フィレンツェ大会で世界新記録を樹立したキピエゴンをフィニッシュラインで祝福したひとりだ。

「私はフェイスに近づいてはいますが、彼女とはまだ次元が違います。彼女は、今やオリンピックを3連覇したチャンピオンなのです。だから、誰かに負けるとしたら、彼女に負けるのなら大歓迎ですね」とハルは話した。

2024年ヨーロッパ選手権女子1500mの金メダリスト、アイルランドのシアラ・マギーアンは、キピエゴンによって2度、世界新記録が打ち立てられた歴史的な2つレースの一部であったことに感激した。

「私がフィニッシュラインを越えたその横に、『世界記録』と表示されているのを見て、『すごーい!』と思いました」と、マギーアンはAthletics Weeklyに話した。「世界新記録が打ち立てられたレースをいっしょに走り、彼女のような女性がそれを達成したことは本当に素晴らしいことです」

キピエゴンは、2024年9月13日から14日にかけてベルギー・ブリュッセルで開催されるダイヤモンドリーグ2024ファイナルに出場する。

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