フェリックス・ゴットバルトは、わずか13歳の時に「人生をかけてノルディック複合をやりたい」と父親に告げた。ゴットバルトの両親は、彼に家族経営の自動車ディーラーを将来継いでほしいと考えていたため、この話は難しいものだったに違いない。
しかし、長期的な視点で物事を考えることができるゴットバルトは、自分の意思を貫き、1994年のリレハンメル大会に向けての第一歩を踏み出した。徐々にではあるが着実に成長を続け、トリノ2006ではスプリント個人と団体の2種目で表彰台の頂点に立ち、一時的に引退した後に出場したバンクーバー2010では、団体種目で歴史的な3度目の金メダルを獲得した。
しかしながらゴットバルトにとって、成功はすぐに得られたものではなかった。多くの人が考えているのとは逆に、成功が最大の目標であってはならないと彼は考えている。オーストリアで最も成功した冬季オリンピック選手で、ノルディック複合史上最も成功したオリンピアンとして競技人生を終えたゴットバルトから、強いメッセージがある。
「山の頂上は目標になりえますが、最大の目標は、再びその山を安全に降りて帰ること、そして、家で安全に過ごすことでなければなりません」
ゴットバルトは5回のオリンピック出場後、ノルディック複合を引退した。45歳になった今、彼はローレウスのアンバサダーとして、「スポーツ・フォー・グッド」というプログラムを支援している。
今回はそんな彼が、ノルディック複合への情熱と、自身のキャリアについてOlympics.comに語った。以下、インタビューを一部編集・翻訳してお届けする。
Olympics.com (以下、OC):ノルディック複合に夢中になったきっかけと、プロとしての道を進もうと決めたその理由を聞かせて下さい。
フェリックス・ゴットバルト (以下、FG): 私は幼い頃から夢中になれるスポーツを探していました。いろいろなスポーツをやっていましたが、スキージャンプをやってみて、その魅力にはまったんです。ただ、ジャンプをやるだけでは体力をあまり消耗せず物足りなさ感じていたところ、ノルディック複合をやっていた元体育の先生の息子さんに、「君は走ったりするのが得意だから、このスポーツをやるべきだよ!」と言われて、ジャンプをしてからクロスカントリースキーに挑戦してみました。もっと速く滑れるという感覚はいつもありましたが、私にはその技術がありませんでした。
しかし、一番の問題は、父が30年間経営していた自動車ディーラーを私に継がせたいと考えていた両親の計画でした。なので、私が13歳のときに、家業を継がずにノルディック複合の選手になりたいと父に伝えることは大変なことでした。当時を振り返ると感慨深いものがあります。最終的にはテストを受けるという条件で、この方向に進むことが許されました。
スキージャンプを始めたのが13歳とかなり遅かったので、最初は苦労しましたが、これは6週間のプロジェクトではなく、20年がかりのプロジェクトだとわかっていました。メダル獲得が最大の成功ではなく、自分が本当に行きたい道に進めたことが私にとって最大の成功だと思っています。私が若い人たちに言えることは、自分にどんな夢があるのかを問いかけ、それを実現することです。
OC:今もノルディック複合を続けていますか?引退後、どんな変化がありましたか?
**FG:**私がスキージャンプをやめたのは、ゆっくりしたスピードでジャンプすることができないからです。遅く滑ることはできても、遅く跳ぶことはできないですよね。今でもトレーニングは続けていますし、体型も維持しています。スポーツは私の人生の一部です。しかし、ビジネスや家族のことも考えなければなりませんし、やるべきことが山ほどあって、1日ですべてをやるには時間が足りません。
パンデミックの後、仕事の比重が高くなりました。この崩れたバランスを取り戻すことは、私たち全員の課題かもしれません。ノルディック複合では、ジャンプとクロスカントリースキーのバランスを取る必要がありますが、私たちは毎日の生活の中でこのバランスをコントロールしなければなりません。
OC:影響を受けたアスリートやノルディック複合界のレジェンドはいますか?
**FG:**もちろん当時のノルディック複合で成功していた選手たちのことは知っていましたが、私は自分の道を切り開くことに必死でしたし、自分の周りを見ている時間はありませんでした。毎日やるべきことをやるだけですごく忙しかった。私たちのあの時間は、あの時にしか作れなかった時間だったな、と思います。オリンピックに出場している時、今日できなければ次のチャンスは4年後になってしまうと思うと、あと4年後のことを考えて苦しくなりました。
一日一日を大切にして、夜も朝も少しでも改善できるように努力するしかないということを認識するまで、かなり時間がかかりました。
OC:オリンピックに初出場してから、金メダルを獲得するまでに数年かかりましたが、その道のりはどのようなものでしたか?
**FG:**それは長い道のりでした。1994年のリレハンメル大会のことを覚えています。私は17歳か18歳でしたが、オリンピックの規模の大きさに感銘を受けて、スキーやジャンプをすることを忘れそうになりました。そしてその4年後の長野大会でも、苦労しました。メダル獲得のチャンスはあったのですが、他のチームに比べてミスが多かったため、メダルを獲得することができませんでした。
そこで私は努力を続け、2002年のソルトレークシティでは3つの種目で3つのメダルを獲得することができました。銅メダルを3つ手にした私は、しばらくオーストリアの家でお祝いをして、オリンピックチャンピオンのフランツ・クラマーに会いました。彼は私を祝福し、私のパフォーマンスについて感動してくれましたが、同時に「フェリックス、オリンピックで重要なのは金メダルだということを知っているだろう」と言ったんです。
そこで私は、もう一度自分の目標を金メダルに設定するほどの熱意があるのか、自分自身に問いかけてみました。正直なところ、その3つの銅メダルで満足ではないかと思いかけました。しかし、オリンピックの競技当日を思い描き、それに集中できたことで、その目標に向かって頑張ることができました。
OC:現役時代の思い出トップ3を教えてください。
**FG:**幸いなことに、思い出を選ぶことはできません。最大の成果は、現役時代の長い期間に見つけた友情です。私たちにはチームメイトがいて、今でも友人であり、一緒に楽しい時間を過ごしています。私たちは前進し続けているんです。昔の話を何度もするのではなく、自分たちの経験を生かして感謝すべきことをしていきたいし、経験を共有したいと思っています。
アスリートであれば、メダルを獲得したという成功は、すでに過去のものであることを知っています。だから、前に進み続けるんです。
OC:ノルディック複合を一言で表すと、どんな競技ですか?
**FG:**特殊な競技であるスキージャンプと、全く異なる技術のクロスカントリースキーのバランスが重要な競技です。クロスカントリースキーは、持久力を必要とし、非常にハードで集中的なトレーニングを行いますが、スキージャンプは技術的な部分があり、速筋を活性化させなければなりません。この2つのバランスを取ることがこのスポーツの魅力です。
正直なところ、バランスの取り方をマスターはできませんでしたが、最後まで挑戦し続けました。
OC:ノルディック複合で成功するために必要なスキルは何ですか?
**FG:**ノルディック複合についてではありませんが、重要なスキルは、自分に正直になって、自分が本当にやりたいことは何かを問うことです。そして、その答えがノルディック複合であれば、そのためにトレーニングし、努力をするということですね。
しかし、そのやりたいことを選ぶには、負けたときに山を乗り越え対処できるだけの大きな思いがなければなりません。なぜなら、私たちはみんな負けのエキスパートだからです。実際のところ私はほとんどの勝負に負け、勝ったのはごくわずかでした。私たちは負けることには慣れています。しかし、立ち上がって別の方法でやってみたり、次はどうすればいいかを考えたりすることにも慣れています。
OC:個人で大きな成功を収めましたが、オーストリアチームとして団体戦でも成功した理由は何だと思いますか?
**FG:**私たちは1年の300日くらいを一緒に過ごしていたので、チームというよりも家族のような存在です。もちろん家族の中でもトラブルはありますし、話し合って解決策を見つけなければなりませんが、シーズンが終わった後の休日は一緒に楽しい時間を過ごし、もはや兄弟のような関係でした。
当時はソーシャルメディアがなかったので、リアルな時間を一緒に過ごしていました。充実した時間を過ごし、若い頃はハードなトレーニングをして、ビールも飲みましたが、その後は朝起きてトレーニングを続けました。とても楽しい時間だったので、引退して最初に恋しくなったのは、この時間でした。
OC:北京2022のノルディック複合ではどんな展開が期待できると思いますか?注目する選手はいますか?
**FG:**私のオリンピックでの経験をフィンランドのチームと共有するために、彼らが私を夕食に招待してくれたことがあります。今はオーストリア人のコーチが彼らを指導していますが、フィンランド選手は「成功する」だけでは十分ではないことを理解しているので、ノルディック複合を通じて、若い人や多くの人たちに刺激を与えたいと思ってます。
オリンピックのチャンピオンとして言うのは簡単ですが、ワールドカップのレースよりもオリンピックの方が、参加するライバルが少ない分、勝ちやすいかもしれません。そのためには、オリンピックに出場し、自分がやってきたことが十分に通用するかどうかを確認しなければなりません。スタートラインで「夏にやっておけばよかった」などと思わないように、毎日努力しなければいけない。すべての行程をこなさなければならないところが、本当の挑戦です。
OC:現役引退後、2013年にアンバサダーとしてローレウスに加わりましたね。あなたにとって、ローレウスの活動に参加することはどのような意味がありましたか?
**FG:**私たちはアスリートとして、ノルディック複合のおかげで個性を伸ばし、自分の道を進み続けることができて、とても幸運でした。しかし、多くの若者は、環境や設備が整っていないためにスポーツをする機会がありません。スポーツをする機会が増えれば、常に自分を成長させる可能性があり、内なる世界を作ることができ、それによって外の世界がより良い場所になるのです。ですから、もしローレウスファミリーに参加できるのであれば、私も参加して、自分の経験を若い人たちと共有したいと思いました。