4×100メートルリレーの日本男子には世界も注目。戦力充実で、東京五輪では金メダル獲得も十分に可能

日本男子の武器は熟練の「アンダーハンドパス」

日本男子は受け手が手のひらを下向きにし、渡し手は下から上方向にバトンを差し出す「アンダーハンドパス」で世界との距離を縮めてきた

男子4×100メートルリレーは陸上競技の花形種目と言っていい。実際、2020年の東京五輪で同種目の決勝戦が観戦できるチケットが13万円にのぼるなど、人気の高さがうかがえる。日本勢は近年の2大会で表彰台に立ち、ジャマイカとアメリカに続く強豪国としての地位をほぼ確立した。東京五輪で狙うのは、もちろん頂点だ。

世界に衝撃を与えたリオでの銀メダル

一周400メートルのトラックを4人の選手がバトンをつなぎながら走り切る。男子4×100メートルリレーは、極めてシンプルなルールだけに観客の目を引き、各国の戦術や個性も光る種目だ。

同種目では、ジャマイカとアメリカが2大強豪国として知られてきた。日本は両国に比べると、決して身体能力に恵まれているとは言えず、個々の選手の記録も劣る。

にもかかわらず、近年の日本勢はメンバーが入れ替わっても、オリンピックや世界選手権でほぼ毎回決勝に進出している。北京五輪では男子トラック史上初となるメダル獲得を果たし、金メダルを獲得していたジャマイカの選手のドーピング使用が発覚すると、2018年12月にはそのメダルの色が銅から銀に繰り上がった。4年後のロンドン五輪では4位入賞。前回大会のリオデジャネイロ五輪では、山縣亮太(やまがた・りょうた)、飯塚翔太、桐生祥秀(きりゅう・よしひで)、ケンブリッジ飛鳥のチームが37秒60という記録をたたき出し、アメリカに0.04秒差で競り勝ち見事に銀メダルを獲得。世界に衝撃を与えた。

日本の強さの背景には、圧倒的な練習量と、その練習をともに乗り越えることで生まれるチームワークがある。ケンブリッジもある取材で「4人で走るのが楽しい」と振り返るなど、信頼関係の厚さが際立ってきた。

さらに、「人類最速の男」ウサイン・ボルト(ジャマイカ)も称賛を惜しまなかったのが、バトンパスのスムーズさだ。日本は世界の大半の国が採用している「オーバーハンドパス」、つまり手のひらを上向きにしてバトンを受け取る手法ではなく、「アンダーハンドパス」を採用。受け手が手のひらを下向きにし、渡し手は下から上方向にバトンを差し出す。腕をそれほど伸ばさないため、「利得距離」と呼ばれる「走らなくて済む距離」は稼げないが、受け手と渡し手の双方が走る姿勢のままバトンパスを行えることが最大のメリットだ。パスワークが大きなカギを握るリレーにおいて、日本はアンダーハンドパスを採用した2001年以降のオリンピックと世界陸上競技選手権大会では、全12大会中10大会で決勝に残るという圧倒的な成果を出している。

「リレー侍」は金メダルを狙える選手層を誇る

鮮やかなバトンパスを武器とする日本男子リレー陣、通称「リレー侍」にとって、チームワークと意思統一は極めて重要な課題となるため、選手選考には必然的に注目が集まる。2018年8月に行われたアジア競技大会では山縣、多田修平、桐生、ケンブリッジのチームが、同大会で20年ぶりとなる金メダルを手にしている。

2018年5月には土江寛裕オリンピック強化コーチ体制のもと、東京五輪での悲願の金に向けた強化プロジェクトをスタートさせた。日本人初の9秒台を記録した桐生やプロ転向を果たしたケンブリッジはもちろん、若手からベテランまでのスプリンターが名を連ねている。

なかでも大きな注目を寄せられているのが、前述のアジア競技大会で第2走者として起用された多田、そして、2017年の日本陸上競技選手権大会で100メートルと200メートルの2冠を達成したサニブラウン・ハキームだ。

多田は1996年6月24日、大阪府東大阪市に生まれた。陸上競技には、東大阪市立石切中学校進学後から本格的に取り組み始めている。全国大会の常連という強豪校だったため、部内の競争が激しく、当時は全国出場の夢は叶わなかった。

その後、スポーツの名門である大阪桐蔭高校に進学すると、徐々に才能を開花させ、高校3年次には全国高等学校総合体育大会に出場し6位入賞を果たす。関西学院大学在学中に関西学生陸上競技対校選手権大会の100メートルで連覇を達成した。世界陸上とアジア大会ではリレーメンバーとしてメダル獲得に貢献している。

多田の強みはスタートの速さ。2017年5月のゴールデングランプリ川崎では、隣で走るジャスティン・ガトリン(アメリカ)を50メートル付近まで先行する快走ぶりを見せ、3位の成績を収めた。そのスタートダッシュは、同レースで優勝したガトリンが舌を巻くほどだった。大学卒業後の2019年4月からは住友電工陸上部に進むことを発表。来たる東京五輪について、多田は「個人ではファイナル、リレーでは金メダルをめざす」と堂々と決意表明している。

1999年3月6日に福岡県で誕生したサニブラウン・ハキームは、サッカー経験者のガーナ人の父と陸上経験者の母を持つ。その名が世界に広まったのは、2015年の世界ユース陸上競技選手権大会だ。ボルトがユース時代にたたき出した大会記録を塗り替え、100メートルと200メートルの2冠を達成してみせた。

2017年の世界選手権では、同大会史上最年少となる18歳5カ月での200メートル決勝進出を果たし、「世界大会での金メダルに最も近い存在」として大きな期待を背負っている。サニブラウンは現在、フロリダ大学で学業と競技の両立に励んでおり、もちろん東京五輪への気合も十分だ。リレー経験は乏しいものの、圧倒的な個の力は間違いなく武器になる。土江オリンピック強化コーチも「当然主力として走ってもらわないといけないし、経験を積ませなくては」と語っており、今後実践の機会が増えていくと予想される。

5月の国内2連戦でオリンピック出場を決められるか

自国開催となる2020年の東京五輪に向け、選手たちは並々ならぬ思いを抱いているが、まずは大前提として出場権を獲得する必要がある。陸上競技には開催国枠がなく、自力で切符をつかみとらなければならない。

そのためには2019年1月から2020年6月までの対象期間の上位記録2つによって算出されるランキングで、上位8チームに入ることが重要となってくる。2019年5月に日本で開催される世界リレー、セイコーゴールデンという2連戦で37秒台の走りを見せられれば、東京五輪行きの切符はほぼ手中に収まると考えていい。

2019年9月の世界選手権で上位8チームに入る方法もあるが、オリンピック開幕まで1年以上を残して、出場が決定すればその後の強化プランにも大きなメリットとなる。できるだけ早く「当確」を決められれば、それだけ東京五輪でのメダル獲得の可能性も高まる。

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