10キロを泳ぎ切るマラソンスイミング。男子は平井康翔、女子は貴田裕美の敢闘に期待

男女ともに実力者はヨーロッパ勢に多い

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平井康翔は1990年4月2日生まれ。2009年からオープンウォータースイミングに取り組む

オリンピック水泳種目の一つ「マラソンスイミング」は、自然の海を10キロメートルにわたって泳ぐ競技だ。日本では「水泳=競泳」のイメージが強いが、国際的には認知も人気も高い。他の選手との接触や駆け引きが多く、迫力に満ちた「泳ぐマラソン」は詳細を知れば知るほど、観戦の楽しみが増す。

自然環境を力強く泳ぎ続ける異色の水泳種目

海や川、湖などの自然環境を泳ぐ水泳競技は一般に「オープンウォータースイミング(以下OWS)」と呼ばれている。自然環境での水泳は古くから世界中で親しまれており、日本でも「遠泳」の名で地域の大会や学校イベントとして実施されてきた。この自然環境での水泳を競技として体系化する動きが1980年頃より生まれ、国際水泳連盟(FINA)が世界共通のルールを体系化した、比較的新しい競技だ。

世界水泳選手権では、1991年から正式種目となり、オリンピックでは2008年の北京五輪から10キロメートルが正式種目に採用された。このオリンピックにおける「10キロメートルのOWS」を種目名として「マラソンスイミング」と呼ぶ。

泳ぎ方は自由だが、他の競泳種目とは異なり、波の影響を受けながら泳ぐ技術が求められる。また、水温によるパフォーマンスの変化や天候、潮流を考慮しながらレース戦略を練る必要があり、まさに「泳ぐマラソン」である。何より、他の選手との接触や駆け引きが多い点が特徴だ。2016年のリオ五輪男子では、10キロメートルもの距離がありながら、1位から11位までのタイム差は約5秒であり、文字どおり大接戦が繰り広げられた。

国際大会では男女ともにヨーロッパ勢が優勢

OWS、マラソンスイミングの国際大会におけるメダリストの多くはヨーロッパ勢だ。OWSが競技として体系化された1990年代から、OWSは体をぶつけて競い合うタフなスポーツとしてヨーロッパで人気を博し、必然的に強化が取り組まれてきた。人気スポーツであるがゆえに、競泳選手からOWSへの転向や、競泳と並行するスイマーも多く、層が厚い。

2017年6月に開催された国際大会「FINAマラソンスイミングW杯ポルトガル大会」では、男子はヨーロッパ勢が上位を独占。1位はハンガリーのクリストフ・ラズロフスキーだが、46名の参加者のうち上位10名で見ればドイツ、イタリア、オランダが最強豪国であることがわかる。2位のロブ・ムッフェルズをはじめドイツ勢が2名、3位のアンドレア・マンツィを含めイタリア勢が3名、4位のマルセル・スハウテンといったオランダ勢3名が上位10位を占めている。

同様に女子もヨーロッパ勢が力を見せている。2018年5月にセーシェルで開催された「FINAマラソンスイミングワールドシリーズ」では、やはり上位には1位のアリアンナ・ブリーディをはじめとするイタリア勢のほか、ドイツ勢、オランダ勢が幅を利かせている。ただし、男子に比べればヨーロッパ外の国旗が目立つことが特徴だ。2位に食い込んだブラジルのOWS上位の常連、アナ・マルセラ・クーニャのほか、上位陣には中国、南米勢も名を連ねる。

ただし、世界的祭典のオリンピックにおいては、上記のような強豪国が多く参加する国際大会に比べて大番狂わせの可能性が高い。2012年のロンドン五輪男子では、チュニジアのウサマ・メルーリが金メダルを獲得。肩にかかる自国の威信も、得られる名声も大きい、オリンピックならではの予断を許さぬレースが展開される。

東京五輪は日本代表の勝機となるか

では、マラソンスイミングにおいて日本にメダルの可能性はあるかと言えば、当然「ある」と言うべきだろう。現に、男子日本代表でトップの成績を収めている平井康翔(やすなり)は、自身初のオリンピックとなった2012年のロンドン大会では15位だったが、2016年のリオ大会では8位につけている。1位のフェリー・ウェールトマン(オランダ)とのタイム差はわずか4.8秒。誰が勝ってもおかしくないレースの中心にいた。

実は、先ほど述べた2017年「FINAマラソンスイミングW杯ポルトガル大会」では、ヨーロッパ勢の優勢のなか、唯一のアジア勢として日本の平井康翔が16位、宮本陽輔は24位となり存在感を示している。女子でも、2018年5月にセーシェルで行われた「FINAマラソンスイミングワールドシリーズ」において、ベテランの貴田裕美が26名中12位、そして森山幸美が17位と健闘している。男女ともに長年にわたって中位に位置し続けているのが日本代表の現状だ。

しかし2020年、ついに日本代表がマラソンスイミングの表彰台に立つ可能性はある。大番狂わせの少なくないオリンピックであるうえ、日本は開催国というメリットを持つ。フラットな競技環境ではなく、波も天候も水温も水質も、あらゆる自然環境を把握して対応することが勝利につながるマラソンスイミングだからこそ、開催国のメリットは大きい。

2019年の世界水泳選手権においても、男子の平井康翔、女子の貴田裕美、森山幸美が有力候補だろう。一方で、男子では南出大伸、豊田壮(たけし)、野中大暉など20代前半のメンバーもこれに続けと成長しており、新たなスターの誕生が待たれる。

東京五輪のマラソンスイミングは「お台場海浜公園」を会場に、8月5日(水)に女子、翌6日(木)に男子の競技が開催される。スタートはいずれも朝8時。わずか3時間、決勝のみの一本勝負が、東京五輪の終盤を大いに盛り上げる。

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