日本はオリンピックの女子マラソンにおいて、1992年から2004年まで4大会連続でメダルを獲得している。2020年の東京五輪でめざすはもちろん、4大会ぶりの「マラソン王国」復活だ。ベテランから若手までそろうトップランナーたちが、3枠の出場権をめぐるサバイバルに挑んでいる。
高橋尚子と野口みずきが日本勢連覇を達成
オリンピックの女子マラソンでは、過去3人の日本人アスリートがメダルを獲得している。有森裕子は1992年のバルセロナ五輪で銀メダル、1996年のアトランタ五輪で銅メダルと2大会連続で表彰台に上った。アトランタ五輪のレース後、インタビューで口にした「初めて自分で自分をほめたいと思います」という言葉は、国民の関心を集め、その年の流行語大賞に選ばれている。
「Qちゃん」の愛称で親しまれている高橋尚子は、2000年のシドニー五輪で金メダルを獲得した。彼女が脚光を浴びるようになったのは、2位に13分差をつけて圧勝を果たした1998年のバンコク・アジア大会からだった。翌年にセビリアで開催された世界陸上はけがで欠場したものの、オリンピック選考を兼ねた2000年の名古屋国際女子マラソンは2時間22分19の好タイムで優勝。そしてシドニー五輪では、2時間23分14秒と当時のオリンピック記録を樹立した。
2004年のアテネ五輪では野口みずきが1位でフィニッシュし、日本勢による連覇を達成した。現地時間18時のスタートながら、気温35度と過酷な環境でのレースとなったなか、150センチ、40キロの小さな体で42.195キロを駆け抜けた。ゴール後、脱いだシューズに感謝の意を込めてキスをするシーンは、同大会の象徴的な場面の一つとして語り継がれている。なお、野口がオリンピックの翌2005年のベルリンマラソンで残した2時間19分12秒という記録は、2018年12月2日時点で日本記録となっている。
浅草など名所を回る東京五輪、懸念は暑さ
男子マラソンは1896年のアテネ五輪からオリンピックの正式種目であったが、女子マラソンが実施されるようになったのは1984年のロサンゼルス五輪からと歴史は浅い。レースの距離は、男子と同様に42.195キロ。2018年12月2日時点での世界記録は、ポーラ・ラドクリフ(イギリス)が2003年のロンドンマラソンで残した2時間15分25秒である。2017年にメアリー・ケイタニー(ケニア)が記録した歴代2位のタイムは、2時間17分01秒と2分近くの差があることからも、ラドクリフの記録がいかに驚異的なものかが見てとれる。
マラソン競技は天候の影響を受けやすく、2020年の東京五輪では「暑さ」が選手たちに与えるダメージが懸念されている。8月の東京は平年最高気温が30度を超え、湿度も70パーセントを上回る。女子マラソンのスタートは2020年8月2日(日)の午前7時が予定されているが、選手の熱中症を回避するため、大会組織委員会では、6時や5時半スタートに変更する案も検討されている。
2020年東京五輪のマラソンコースはすでに発表されており、新国立競技場(オリンピックスタジアム)をスタート・ゴールとして、浅草雷門や日本橋、銀座、増上寺、皇居外苑など都内の名所を駆けめぐる。
ケニア&エチオピア勢がメダル候補筆頭
世界記録保持者のポーラ・ラドクリフは2015年のロンドンマラソンを最後に、現役を退いている。2020年の東京五輪で金メダル候補として有力視されているのは、ケニア出身でバーレーン国籍を持つローズ・チェリモだ。彼女は2017年にロンドンで開催された世界陸上において、2位のエドナ・キプラガト(ケニア)、3位のエイミー・クラッグ(アメリカ)とわずか7秒差の接戦を制して女王の座に君臨。また、2018年のアジア競技大会では、2位の野上恵子を1分30秒以上離す独走状態でゴールし、金メダルを獲得している。
2017年のロンドンマラソンで世界歴代2位の2時間17分1秒をマークしたメアリー・ケイタニー(ケニア)は、2018年11月のニューヨークシティマラソンで自身4度目の優勝を成し遂げ、好調をキープしている。世界歴代3位の2時間17分56秒という記録を持つティルネシュ・ディババと、2016年リオデジャネイロ五輪銅メダリストであるマレ・ディババのエチオピア人姉妹もメダル候補の筆頭に挙げられている。
代表選考のサバイバルレースに有望株がそろう
2020年東京五輪の日本代表をめざす選手たちにとっては、「マラソングランドチャンピオン(MGC)レース」への出場権獲得が選考の第一関門となる。予選にあたるMGCシリーズは、2017年夏から次々行われており、2018年12月2日時点では8名の選手がMGC進出を決めている。
注目の一人は、1995年生まれの新星、松田瑞生(みずき)だ。バスケットボールや柔道の経験を持ち、中学2年から陸上に専念した彼女は、駅伝の名門、大阪薫英女学院高校出身。卒業後は地元企業のダイハツに入社し、1万メートルで日本選手権を制すると、初マラソンとして臨んだ2018年の大阪国際女子マラソンで初優勝という快挙を達成した。その後、ベルリンマラソンでたたき出した2時間22分23秒は、日本歴代9位の記録だ。「なにわの腹筋女王」の異名を持つほど鍛え抜かれた肉体を武器に、東京五輪での栄冠を狙う。
そのほか、日本歴代4位となる2時間21分36秒の記録を持つ安藤友香や、2018年の名古屋ウィメンズマラソンを制した関根花観(はなみ)、北海道マラソン2017優勝者の前田穂南(ほなみ)らは20代前半と若く、まだまだ伸びしろは豊富にある。
野上恵子は、MGC出場権を獲得している8名の中で唯一、30代の選手だ。兵庫県の強豪、須磨学園高校出身だが、全国高等学校駅伝競走大会は補欠止まりで、一度も出走経験がない。苦労を乗り越え、初マラソンに挑戦したのは29歳の時。た2015年3月の名古屋ウィメンズマラソンに一般選手として参加すると、2時間28分19秒で6位入賞。2018年の同大会では、2時間26分33秒の自己ベストで5位入賞を果たし、MGC出場権を手にした。日本代表としては、2017年のアジアマラソン選手権、2018年のアジア競技大会大会の2大会で銀メダルを獲得し、遅咲きながら着々と成果を残している。
アテネ五輪以来の日本勢メダル獲得へ。3名に与えられる東京五輪出場枠をめぐり、1分、1秒を争う選手たちのサバイバルから目が離せない。