人類最古とも言われる格闘技は、直径9メートルのマット上で計6分の間に勝敗が決するシンプルさが魅力だ。削ぎ落とされたルールのなか、日本は自国開催のオリンピックで「レスリング王国」としての面目躍如を果たせるのか。男女ともに新戦力が台頭しており、メダル獲得に期待がふくらむ。
古代オリンピックでも行われていた競技
人類最古とも言われる格闘技には、上半身だけを使って攻撃と防御を行うグレゴローマンスタイルと、全身を使えるフリースタイルの2種類がある。
古代オリンピックでも行われていたという戦いのルールは実にシンプルだ。選手たちは直径9メートルのマット上で、3分間×2ピリオドの試合を行う。インターバルは30秒。対戦相手の両肩を1秒間マットの上につけることができれば「フォール勝ち」が決まる。「フォール」が決まらない場合は「テクニカル・フォール」、つまり相手を不利な状況に追い込むことで得られるポイントで勝敗が決まる。グレゴローマンでは8点差、フリースタイルでは10点差となった時点で試合終了。相手が警告を3回受けた場合でも勝利が決まる。
階級は男子のフリースタイルが57キロ級から125キロ級まで、グレゴローマンは60キロ級から130キロ級までそれぞれ6階級がある。女子はフリースタイルのみ行われ、50キロ級から76キロ級までの6階級に分類されている。
日本人選手が東京五輪への出場資格を獲得するには、2019年9月にカザフスタンで行われる世界選手権での成績が重視される。メダル獲得がオリンピック行きのチケットとなる。世界選手権に出場するためには、2018年12月開催の全日本選手権での結果が重要となる。全日本選手権優勝者と、2019年6月開催の全日本選抜選手権の優勝者が異なる場合は、両者間でプレーオフを行い、世界選手権の代表選手が決定する。
圧倒的な強さを誇る日本女子レスリング
日本は世界でも有数の女子レスリング大国だ。選手層が厚く、安定した強さを誇る。実際に種目追加となった2004年のアテネ五輪以降、「霊長類最強」の異名を持つ吉田沙保里、姉妹で数々のメダルを獲得してきた伊調千春と伊調馨(かおり)、さらに全日本選手権で歴代最多の優勝記録を持つ浜口京子が、レスリング界をけん引してきた。
アテネ、そして北京五輪では吉田と伊調姉妹の妹、馨が金メダル、姉の千春が銀メダル、浜口が銅メダルを獲得した。そしてロンドン五輪では吉田、伊調馨に加え、小原日登美(ひとみ)がそれぞれの階級で表彰台の頂点に立った。実施が6階級へと細分化された2016年のリオ五輪では登坂絵莉、川井梨紗子、土性沙羅(どしょう・さら)といった若手が台頭し、伊調馨とともに金メダルを奪取。絶対的王者の吉田は惜しくもオリンピック4連覇を逃したが、きっちりと銀メダルは死守した。2018年10月に36歳となった吉田は、選手兼任で東京五輪の日本代表コーチに就任している。
五輪でメダルを獲得し続けてきた日本女子勢だが、2018年に入ってやや失速の傾向にある。8月にインドネシアのジャカルタで行われたアジア競技大会では、五輪とアジア競技大会を通じて初の無冠に終わった。パワハラ問題という「お家騒動」が影響したという見方もある。ただし、渦中にいた伊調馨は約2年2カ月のブランクがあったにもかかわらず、2018年10月の全日本女子オープン選手権で見事優勝。世界選手権代表選考につながる全日本選手権への出場権を手にした。
女子個人種目で史上初のオリンピック4連覇という記録を打ち立てた伊調馨以外の選手たちも、東京五輪出場に向け着々と成長を続けている。
リオ五輪で金メダルを首にかけた川井は、女子レスリング界の新たなリーダーとして奮闘中だ。2018年11月に故郷の石川県庁を訪れた際には「東京五輪では金メダルを取ります」と意気込みを見せた。登坂と土性は近年故障に苦しみ本来の力を発揮できていないものの、リオ五輪で金メダルを獲得したとおり、実力は確かだ。リオ五輪には出場しなかったものの、1999年生まれの須崎優衣、1997年生まれの向田真優(むかいだ・まゆ)、1994年生まれの宮原優など若手も台頭してきている。
男子はロンドン五輪以来の金獲得をめざす
日本が伝統的なレスリング王国としてその名を知られるようになったのは、女子の活躍によるものだけではない。
男子レスリング界の歴史もまた、栄光に彩られている。日本は1952年のヘルシンキ五輪以降、参加をボイコットしたモスクワ五輪を除き、すべての大会でメダルを手にしてきた。特に1988年ソウル五輪では金メダル2個、銀メダル2個を獲得。フリースタイル48キロ級の小林孝至(たかし)が公衆電話ボックスに金メダルをうっかり置き忘れるという珍事件とともに、日本レスリング界の歴史に刻まれる大会となっている。
近年ではロンドン五輪でフリースタイルの米満達弘が金メダル、フリースタイルの湯元進一とグレコローマンの松本隆太郎が銅メダルを勝ち取った。リオ五輪では金メダル獲得はならなかったものの、グレコローマンで太田忍、フリースタイルで樋口黎(れい)が銀メダルに輝いている。太田は2018年8月のアジア競技大会でも日本レスリング勢で唯一となる金メダルを獲得するなど、好調を維持。「五輪の借りは五輪でしか返せない」と、並々ならぬ気合を見せている。
フリースタイルでは、2017年の世界選手権で優勝に輝いた高橋侑希、そして2018年10月の世界選手権で日本男子最年少優勝を成し遂げた乙黒拓斗にも大きな注目が集まっている。1998年12月13日生まれの乙黒は世界制覇勝後に「東京五輪までに早めに世界選手権で優勝することが目標だった」と発言。夢の実現に向けて着々と歩みを進めている。
東京五輪は幕張メッセで2020年8月2日にスタート
2020年の東京五輪に出場できるレスリング選手は、男女合計288選手。リオ五輪に比べ56選手が減り、1階級16選手が表彰台をめざして激闘を繰り広げることになる。男子では選手層の厚いロシア、キューバ、アゼルバイジャン、そしてトルコなどの上位進出が見込まれる。
男子のフリースタイルでは、1994年生まれのハッサン・ヤズダニ(イラン)、1996年生まれのアブドゥルラシド・ザドゥラエフ(ロシア)といった若手2人のオリンピック連覇に注目が集まる。ベテラン勢ではグレコローマンでオリンピック3連覇中のミハイン・ロペス(キューバ)の存在が目を引く。
熱戦の舞台となるのは、千葉県千葉市にある幕張メッセのAホールだ。2020年8月2日(日)にレスリング競技がスタートし、翌3日(月)から8日(土)にかけてメダルをかけた一戦が繰り広げられる。「レスリング王国」の日本勢はいくつのメダルを獲得できるのか、連日続く激闘から目が離せない。