2016年リオデジャネイロ五輪をトラックで経験した後に始めたマラソンで、いきなり日本記録をたたき出したことで大きく注目された大迫傑。東京五輪への出場は、2019年9月の代表選考レース「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」で決まることになるが、すでに出場が有力視されている。「自分と対話し、100パーセントの力を出し切る」がモットーの大迫は、どこまで仕上げてくるのだろうか。
2018年、シカゴマラソンで日本新記録
大迫が参加した直近の大会は2018年10月のシカゴマラソン。東京マラソンや大阪国際女子マラソンなど世界陸上競技連盟が認めた世界最高峰の大規模マラソンのひとつだ。大迫は、この大会で2時間5分50秒という日本新記録を達成し、3位でゴールした。レース後半、先頭集団に加わり、終盤で勝負をかけた。「自分を100パーセント上げていくことが、少しずつではあるができたかなと思う」と手応えをつかんだようで、ゴール直後の表情にも満足感がにじんでいた。
2018年はスペインで行われた2年に1度の世界ハーフマラソン選手権にも日本代表として出場。個人では24位(1時間1分56秒)で、他の男子選手の中で最上位。他の選手が振るわないなか、上位3人のタイムで競う団体戦で12位に導いた。
大迫は2017年12月の福岡国際マラソンで3位(日本人1位、2時間7分19秒)となり、すでにMGCへの出場権を獲得した18人の中に入っている。
名門の長野佐久長聖高で基礎を磨く
1991年5月23日、東京都生まれ。身長170センチ、体重52キロ。
中学時代に本格的に陸上競技を始めた。3年生のとき、全日本中学校陸上競技選手権大会3000メートルで3位に入賞したことで、高校長距離界の名門である長野・佐久長聖高からスカウトされた。親元を離れ、単身、年代トップの選手が集まる同校で鍛錬に励んだ。厳しいロードワークで先輩選手と切磋琢磨し、メンタルの強さを身につけた。ケガにも悩まされたが、練習ができない期間は、糖質制限で体重を増やさないようにするなど、ストイックに乗り切り、全国高校駅伝に2、3年生と出場し、2年連続で区間賞を獲得するなど、チームを牽引した。
この結果が認められ、早稲田大学に進学。2011年の箱根駅伝でも区間賞を獲得、史上最小の21秒差で東洋大を振り切り18年ぶりに成し遂げた総合優勝に貢献した。「日本流のトレーニングでは世界トップに追いつけない」と、卒業後はアメリカ・オレゴン州に本拠地を置く陸上競技チーム「ナイキ・オレゴン・プロジェクト」にアジア人として初めて所属した。世界のトップランナーに囲まれて、科学的プログラムで練習するというアドバンテージを得て、現在はプロランナーとして活動している。
リオデジャネイロ五輪はトラックで出場、2018年にフルマラソンで日本新記録達成
大迫がこれまで出場した種目は、長距離の3000メートル、5000メートル、1万メートル、ハーフマラソン、フルマラソン。いわば、トラックとマラソンの「走る二刀流」だ。
リオデジャネイロ五輪には、2016年の日本選手権で2冠を達成した5000メートルと1万メートルで出場し、トラック選手との印象が強かったが、2017年、自身のツイッターで「大迫、ボストンマラソン走るってよ」と、マラソン挑戦を宣言。初マラソンとなったボストンマラソンを、2時間10分28秒で走り、いきなり3位入賞という離れ業を演じて、1987年の瀬古利彦選手以来、30年ぶりに日本人として表彰台に上った。そして、翌2018年のシカゴマラソンで日本新記録の2時間5分50秒だ。
このほか日本記録は、3000メートルで2014年に7分40秒09、5000メートルで2015年に自己ベストとなる13分8秒40で達成した。1万メートルは、2013年に当時日本歴代4位で、自己ベストの27分38秒31を記録している。
主要国際大会での日本代表歴は、2013年のモスクワ世界選手権の1万メートル(28分19秒50で21位)、2014年の仁川アジア大会1万メートル(28分11秒94で銀メダル)。そして、2016年リオデジャネイロ五輪は、2016年日本選手権で2冠を達成した5000メートルと1万メートルで出場したが、5000メートル28位、1万メートル17位に終わっている。
ライバルは同学年の設楽悠太
やはり、ライバルと呼べるのは、同学年の設楽悠太になるだろうか。2018年2月の東京マラソンで設楽は2時間6分11秒と16年ぶりに日本新記録を更新したが、わずか7カ月後に、大迫はシカゴマラソンで、その記録を塗り替えてしまった。両選手は独自の練習方法を取り入れていることで知られており、マラソンの試合経験が少ない中で、日本記録を出してきたことも共通している。二人の切磋琢磨が日本の陸上長距離界の可能性を高めることは間違いないだろう。
「仮に東京オリンピックに出られるとしたら、記録はなんの意味もなくて、速く走ろうが遅く走ろうが順位が大事だと思っています。しっかりと勝負できる力、イコール速く走る力でもあるんですが、それを今後高めていきたいなと思っています」大迫は日本陸連公式サイトでこのようにコメントしている。あくまでも勝負にこだわるという姿勢は、「負けず嫌い」と評される彼の性格をそのまま表しているようだが、それ以上に重要な点は、海外でのハイレベルなトレーニングを通じて、走りの技術に磨きをかけていることだろう。世界のトップランナーたちとの差をいかに埋めて、どうすれば最初にテープを切れるのか、東京五輪で実現する術を身に付けられると、大迫は考えているに違いない。