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国枝慎吾:車いすテニスの第一人者は引退危機を振り払い、「俺は最強だ!」の信念を貫く【アスリートの原点】

1 By オリンピックチャンネル編集部
北京パラリンピックに続き、2012年のロンドンパラリンピックのシングルスでも金メダルを獲得。名実ともに第一人者としての地位を確立した
車いすテニスのプロ選手として活躍し、車いすテニス世界最多優勝を誇る国枝慎吾。車いすテニス界において圧倒的な実力と知名度を誇り、5度目のパラリンピックで4つ目の金メダルを目指す「鉄人」が歩んできた人生を、数々のエピソードとともに振り返る。
北京パラリンピックに続き、2012年のロンドンパラリンピックのシングルスでも金メダルを獲得。名実ともに第一人者としての地位を確立した
北京パラリンピックに続き、2012年のロンドンパラリンピックのシングルスでも金メダルを獲得。名実ともに第一人者としての地位を確立した

脊髄腫瘍により車いす生活が始まり、11歳でテニスに出合う

日本の記者から「なぜ日本にはあなたのような選手が出てこないのか」という問いかけにロジャー・フェデラーは、「日本には“シンゴ”がいるじゃないか」と答えた──このエピソードの真偽自体は不明だが、フェデラーの名を借りるまでもなく、国枝慎吾には揺るがない実績がある。テニス界の権威「四大大会(グランドスラム)」での前人未到の活躍ぶりだ。

2020年9月の全米オープンの車いすシングルスを制覇した国枝だが、グランドスラム車いすの部での優勝回数は、シングルスとダブルスを合わせ世界最多となる45回を誇る。ここに至るまで、国枝は信念を貫いてきた。

国枝は1984年2月21日に東京都で生まれ、千葉県柏市で育った。9歳の時に脊髄腫瘍を発病し、小学校4年生のころから車いす生活を余儀なくされた。持ち前の運動神経を生かし、大好きな野球で活躍していた少年にとっては厳しすぎる現実だ。だが、当時はその状況を深刻には捉えておらず、希望を捨てることなく最初の大きな困難を乗り越えていく。

体を動かすことが好きだった国枝少年はまず車いすバスケのチームを探したが見つからず、6年生になったころ、もともとテニスをやっていた母から車いすテニスを勧められた。自宅から車で30分の距離にあった吉田記念テニス研修センターで車いすテニスの教室が開かれていた。テニス用の車いすに乗った直後から、驚異の才能を見せつけ、巧みな車いすさばきを見せたという。最初は気乗りしなかったテニスをやってみようと思った。

そこからめきめきと力をつけると、麗澤高校1年次に参加した海外遠征で、当時車いすテニスで世界トップクラスに君臨していたリッキー・モーリエのプレーに感銘を受け、この競技で頂点を目指したいという思いが明確なものとなった。

17歳のころからは数多くのパラリンピック出場選手を指導した丸山弘道コーチに師事。丸山氏はグループレッスンのコート内で躍動するようにプレーする国枝の姿をたまたま見た瞬間に、「この選手は世界を狙える」と確信したという。

2011年の全豪オープンには第1シードで出場。決勝でステファン・ウデ(左)を下し、大会5連覇を果たした
2011年の全豪オープンには第1シードで出場。決勝でステファン・ウデ(左)を下し、大会5連覇を果たした

アテネとロンドンで2大会連続金メダリストに

丸山氏の指導により心身ともにさらに戦える選手へと成長を遂げると、麗澤大学在学中に迎えた2004年のアテネパラリンピックで斎田悟司とペアを組んで、ダブルスで金メダルを獲得した。卒業後は年間数百万にも及んだ遠征費の負担を理由に引退も考えたが、同大学の職員として働き、サポートを得ながらテニスを続ける決断に至った。

2006年、アジア人初の世界ランキング1位の座に輝くと、翌年には4大大会制覇を成し遂げ、車いすテニス史上初の年間グランドスラムを達成。2008年の北京パラリンピックではシングルスの金メダルとダブルスの銅メダルを首にかけて帰国し、2009年からは日本初のプロ車いすテニスプレーヤーとなった。プロとしての責任感がさらにモチベーションを高め、2012年のロンドンパラリンピックでは2大会連続金メダルと、またも歴史に名を刻んだ。

ただし、3連覇が当然という世間の予想に反し、リオパラリンピックのシングルスではまさかの準々決勝敗退を喫した。ダブルスでは銅メダリストとなったものの、慢性的な右ひじの痛みに苦しみ、ここでも引退の二文字が何度も頭をよぎったという。しかしこの経験が自らのプレースタイルを見直すきっかけになり、さらなる成長を促した。バックハンドの改良が功を奏し、2019年はツアー優勝9回、自己最多となるシーズン53勝の大記録を打ち立てた。

2020年には国際テニス連盟によるランキングで、2018年以来となる年末世界1位となった。車いすテニス界の頂点に君臨しながらも、常に進化を目指す。「俺は最強だ!」。ラケットに刻まれた言葉が、どんな時も自分を奮い立たせてくれる。

選手プロフィール

  • 国枝慎吾(くにえだ・しんご)
  • 車いすテニス選手
  • 生年月日:1984年2月21日
  • 出身地:東京都
  • 身長/体重:173センチ/65キロ
  • 出身校:増尾西小(千葉)→土中(千葉)→麗澤高(千葉)→麗澤大(千葉)
  • 所属:ユニクロ
  • オリンピックの経験:アテネパラリンピック ダブルス金メダル/北京パラリンピック シングルス金メダル、ダブルス銅メダル/ロンドンパラリンピック シングルス金メダル/リオデジャネイロパラリンピック ダブルス銅メダル
  • ツイッター(Twitter):国枝慎吾/Shingo Kunieda(@shingokunieda
  • インスタグラム(Instagram):Shingo Kunieda(@shingokunieda)

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