古代オリンピックでも実施されていた円盤投。歴史ある種目だが、そのシンプルな競技性ゆえに、身体的な優位性がものを言う。大型選手が競い合う世界レベルの戦いに、日本人選手はどこまで挑めるのか。注目選手を見ていこう。
円盤投の世界は、高身長でなくては記録がでない?
男子2キロ、女子1キロの重量の円盤を直径 2.5メートルのサークル内から、34.92度の区画内に投げ、その飛距離を競う。世界記録は男子が74メートル08(ユルゲン・シュルト;東ドイツ、1986年)、女子は76メートル80(ガブリエレ・ラインシュ;東ドイツ、1988年)だ。
どの投てき種目にも共通していえることながら、円盤の飛距離も投げ出したときの高さ、角度、初速度によって決まる。ターンによってスピードを加えた円盤を、身体の捻りを利用しながら腕を振りきって投てきする円盤投も、長身で手足が長く、投てき物に大きなスピードを加えられる強い筋力を持った大柄な体格のほうが絶対的に有利である。
このため、世界のトップランカーたちには、男子では身長が2メートルを超える者、女子でも190センチメートルに近い者も多い。186センチ・100キロの体格の男子選手が、「やや小柄」と評されてしまうことからも、円盤投界のスケール基準が伺え知れるだろう。
日本選手にとって出場すら難しい種目
五輪や世界選手権などでの決勝は、予選を通過した原則12人の競技者によって行われる。決勝では全競技者がまず3回の試技を行って上位8人を決め、さらに3回の試技をその8人が記録の低い順に行い、最も遠くに飛ばした者が勝者となる。
東京五輪出場資格は、従来までの参加標準記録に加えて、2019年2月からスタートしたIAAF世界ランキング制度が適用される。円盤投の参加標準記録は、男子が「66メートル00」で、女子が「63メートル50」となる。
出場者定数全32枠のうち、この記録を2019年5月1日から2020年6月29日までに突破した者にまず出場資格が与えられ、残りは2020年7月1日発表分の世界ランキング上位者から選ばれる。各国・地域から出場できる最大数は3人だ。
円盤投げの強豪・リトアニアと新興・ジャマイカの金メダル争い
さて、ここからは東京五輪本番で活躍が期待される注目選手を見ていこう。
男子はここ数年、70メートルラインを超える記録を目にすることがなかなかない状況だ。そんななかで、記録的には71メートル29の自己記録(2017年)を持つダニエル・スタール(スウェーデン)が2016年以降、3年連続して世界ランク1位の座を得た。
しかし、いざ勝負となると、2016年リオ五輪はクリストフ・ハルティング(ドイツ)が、兄・ロベルト(2009・2011・2013年世界選手権、2012年五輪優勝)に続く金メダル獲得を達成。2017年ロンドン世界選手権は、アンドリュス・グジュス(リトアニア)が優勝しており、スタールの牙城を崩している。
そしてそれ以上に結果を出した選手が、近年進境著しい1994年生まれのフェドリック・ダクレス(ジャマイカ)だ。五輪・世界選手権中間年となった2018年は、ダイヤモンドリーグ出場5大会で完勝して男子円盤投チャンピオンの座を獲得し、8月の欧州選手権も制した。2019年3月27日現在、世界ランク1位に立っている。2017年までの五輪、世界選手権ではジャマイカ勢による投てき種目での優勝はまだない。26歳で東京五輪を迎えるダクレスが達成する可能性は十分にある。
一方、2018年シーズンのパフォーマンス内容で見てみると、上位レコード10傑中6つがグジュスの記録が占めている。この種目で3度のオリンピックチャンピオンを輩出しているリトアニア男子円盤投の後継者となったグジュスにも、栄冠を手にするチャンスはあるだろう。世界ランクもダクレスに次ぐ2位につけている。
現段階では、ダクレスとグジュスが実質的な男子トップ2と見てよいだろう。できることなら、2000年代初頭のように70メートルラインを大きく超えていく豪快な投げ合いを期待したいところだ。
オリンピック3連覇を目指すクロアチアの絶対女王
女子円盤投では、今世紀に入ってからの最高記録となる71メートル41(2017年)のパーソナルベストを持つサンドラ・ペルコビッチ(クロアチア)が絶対女王に君臨する。
2015年北京世界選手権の2位以外は、2012年ロンドン五輪以降の世界大会(2013年モスクワ世界選手権、2016年リオ五輪、2017年ロンドン世界選手権)で金メダルを獲得している。そこに加えて、2018年のレコードリストではパフォーマンス10傑中8つが彼女の記録。この高い水準での安定性も大きな強みといえる。現段階においてナンバーワンスロワーといって過言ではない。
1990年生まれのペルコビッチにしてみれば、30歳で迎える東京五輪では集大成となるはず。女子の投てき種目では五輪初となる3連覇が達成されるかどうかにも、大いに注目したい。
新世代の日本勢、参加標準記録に迫れるか
体格面での優位性が色濃く出る円盤投は、日本勢にとって敷居の高い種目だ。男子の日本記録は62メートル16(2018年)で、女子は58メートル62(2007年)。自国開催の東京五輪に出場するためには、男女ともに日本記録を大きく上回っていくような記録の更新が必要だ。そして今、その壁に到達できる可能性を持つ若い世代の選手が育ってきている。
堤雄司(群馬綜合ガードシステム)
1989年12月22日生まれの堤雄司は、2017年7月に38年ぶりに日本最古の記録(60メートル22、川崎清貴、1979年)を更新し、同年8月、9月の大会で立て続けに記録を伸ばし、日本円盤投の新時代を切り開いた。
湯上剛輝(トヨタ自動車)
堤の記録を2018年6月に破ったのが湯上剛輝だ。183センチ・107キロの日本人離れした身体で、62メートル16まで記録を塗り替えた。62メートル台は日本人初の偉業である。1993年4月14日、滋賀県に生まれた湯上には、先天性が重度の難聴の障害を抱えている。少年時代に人工内耳を埋め込む手術を受けており、対となる体外装置がなければほとんど聴こえないという。そんな大きなハンデを抱えながらも日本記録を更新し、2020年までに世界レベル66メートル越えを目指している。
世代交代が急速に進む日本女子は 学生アスリートが主力
女子円盤投は、ハンマー投げの室伏広治を兄に持つ室伏由加が女王に君臨していた時代が過ぎ、男子以上に世代交代が進んでいる。
郡菜々佳(九州共立大学)
世代交代の中心にいるのが郡菜々佳である。砲丸投で知られた存在になったが、1997年5月2日生まれの郡は、中学時代から投てき競技に打ち込み、高校時代には円盤投との“二刀流”で成果を挙げてきた。2019年3月には日本新記録の59メートル03をマーク。世界ランクは2019年3月27日現在で100位だが、日本人1位の位置にあり、間違いなく日本女子をけん引する選手だ。
斉藤真希(鶴岡工業高校卒業)
2017年、2018年のインターハイで2連覇を果たした斉藤真希も、女子円盤投のホープだ。郡にはまだ及ばないが、52メートル38の高校記録を持つ。高校卒業後最初の国際大会となる、2019年4月のアジア陸上競技選手権(ドーハ)に郡とともにエントリーしており、自己記録更新が期待されている。
日本人のなかでも体格の大きい人材が競技者となり、日本円盤投界が勢いを増してきたのは間違いない。男女ともに参加標準記録を上回る記録に挑んでいくだけでなく、ポイント獲得率の高い国際競技会で活躍することによってIAAFワールドランキング制度による出場も夢ではないところまできている。東京五輪で日本人選手が円盤を投げる姿を見せてほしい。
円盤投のみどころ:ターンスピード×投射角が飛距離を生む
円盤の投てき方法は古代オリンピックのころは、予備動作のターンを行わずに、正面を向いて立ったままの姿勢から投げるものだった。近代五輪から技術の改良が進み、現在では、サークル内の後方で投てき方向へ背を向けた姿勢から、1回転半のターンを行って投げる方法が定着している。
ターンのスピードが速いほど投射時の初速度が高まり円盤を遠くに飛ばすことができるが、飛距離の決め手となる、より良い「投射角」で投げることも非常に重要で、さらに円盤をより揚力を得るように飛ばさなければならない。
円盤投においてフィジカル面はもちろん重要な要素だが、すべてを安定させるためには、筋力などの身体能力だけでなく、高い技術と経験も必要になってくる。サークル内を滑るように回っていくターンも、競技者から放たれた円盤の飛行も、レベルが高まれば高まるほど洗練され、芸術的ともいえる美しさを楽しむことができるのだ。