【陸上】空前絶後の大激戦…男子100mで五輪切符を手にするのは?

山縣亮太、サニブラウン アブデルハキーム、小池祐貴、桐生祥秀、多田修平、ケンブリッジ飛鳥ら
文: 児玉育美

1年延期という不測の事態を経て、今夏に開催されることとなったTokyo 2020(東京五輪)も、開催まで残り50日を切り、いよいよ本格的なカウントダウンに入った。

陸上競技ではロード(マラソン、競歩)、混成競技および、一部の長距離種目を除いては、6月24~27日に行われる日本選手権が代表選考競技会となる。

陸上競技で五輪代表権を獲得するためには、いくつかの方法があるが、最も確実かつ最短なのが、この大会を含む有効期間内に世界陸連(WA/World Athletics)の設定する参加標準記録を突破して、日本選手権で上位3位以内に入るというルート。これをクリアすれば、日本選手権で勝負が決した瞬間に、“五輪切符”を手にすることができる。

参加標準記録は非常に高い水準に設定されているため、まずは、この記録を突破すること自体が難しい。つまり、突破者が多いのは日本のレベルが高いことの現れでもあるわけだが、1カ国から出場できるのは最大3名なので、参加標準記録突破者が3名以上いる種目の場合は、日本選手権での激しいバトルを制する必要がある。

ここにきて、その戦いに一段と熾烈さを増しているのが男子100mだ。陸上競技という枠を超えて“オリンピックの花形”と称され、いつの時代でも最も注目を集める人気種目だが、日本の選手たちは、自国開催となる東京大会を、過去に例のないレベルの高さで臨み、戦おうとしている。

男子100mの参加標準記録は10秒05。昨シーズンまでの段階で、これをクリアしていたのは、サニブラウン・アブデル・ハキーム(9秒97)、小池祐貴(9秒98)、桐生祥秀(10秒01)の3選手だった。

どの記録も2019年にマークしたもので、サニブラウンの9秒97は、桐生が2017年に樹立した9秒98を更新する日本新記録、小池の9秒98は、同学年の桐生に並ぶ日本歴代2位となる記録だった。

また、昨年8月末には、2016年リオ五輪男子4×100mリレー銀メダルメンバー(アンカー)のケンブリッジ飛鳥が、2020年日本リスト1位となる10秒03のパーソナルベストをマーク。

この記録は、WAが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に伴い、オリンピック出場資格獲得期間を中断していた時期であったために標準記録突破者からは除外されているが、2017年以来3年ぶり、銀メダリストによる0.05秒の自己記録更新は、1年延期となったオリンピックに向けて、明るい材料となった。

こうした状況で2021年シーズンは開幕した。4~5月の序盤戦では、他種目で続々と好記録のアナウンスが流れる中、しかし、男子100mはどの大会も今一つ。なかなか“打ち上げ花火”が上がらない状況が続いていた。

「このまま日本選手権を迎えるのか?」「日本選手権への起爆剤になるような結果が欲しい」と、モヤモヤするような思いで見守っていたファンも多かったはずだ。

そんな停滞ムードを吹き飛ばすような結果となったのが、6月6日に行われた布勢スプリント(鳥取)だった。まず、予選1組目で多田修平が追い風参考記録(+2.6)ながら自己記録に並ぶ10秒07をマーク。

すると、2組目では2019年以降、病気や故障の影響でレースから遠ざかり、今年から復帰した山縣亮太が今季日本最高の10秒01(+1.7)で先着して、この種目4人目の参加標準記録を突破者に。さらに3組目では桐生も10秒01(+2.6)で駆け抜け、3本続けて10秒0台でのレースが繰り広げられたのだ。

勢いはそこで止まらなかった。決勝は、この日は1レースのみと決めていた桐生が棄権する中でのレースとなったものの、多田と山縣が迫力のある競り合いを展開、終盤で抜け出した山縣が、9秒95(+2.0)の日本新記録でフィニッシュ。

日本人としては桐生、サニブラウン、小池に続く4人目、国内レースでは2017年に桐生が初めて10秒の壁を破った日本インカレ(福井)以来、2回目となる9秒台をマークした。「オリンピックには間に合わないのでは」と不安視された時期を乗り越えて、一気に代表候補の筆頭へと躍り出る鮮やかな完全復活だった。

2着で続いた多田も、10秒01(日本歴代6位)を叩き出し、4年ぶりに自己記録を大きく更新するとともに参加標準記録を突破。自身が目標とする「9秒台」「オリンピック」に向けて、大きく前進する好成績を収めた。

この結果、日本の男子100mは、9秒95の山縣を筆頭に、9秒97のサニブラウン、9秒98の桐生と小池と、9秒台スプリンターが4人に。これに10秒01の多田、10秒03のケンブリッジが続いており、6月25日に決勝が行われる日本選手権では、この6人が全面対決、100m日本代表の3つの椅子を懸けて戦うこととなった。

前述の理由により、ケンブリッジは日本選手権で参加標準記録を突破しなければならないが、ほかの5選手については決勝を3位内でフィニッシュすれば、その時点でオリンピック代表に内定する。

この記録水準での戦いは、105回を迎える日本選手権史上初めてのこと。気象条件などにもよるだろうが、複数が9秒台でフィニッシュラインに雪崩れ込むような空前絶後の大激戦を、つい期待してしまう。

また、こうした戦いの末に代表となった3人が挑むことになる東京五輪でも、新たな歴史の扉を開く活躍を期待することができそうだ。山縣がマークした9秒95は、アジア歴代3位となるが、アジア出身の競技者としては、蘇炳添(中国、9秒91=アジア記録)に次ぐタイム。

6月6日時点での今季世界リストでは8位に浮上するともに、オリンピックの出場上限に合わせて1カ国3選手までで順位をつけると、山縣は5位タイ(9秒95が2名)に。同4位記録は9秒94という僅差になっている。

さらに、これまでのオリンピック男子100mでは、準決勝で9秒台をマークして決勝進出を逃した者はいない。逆に言えば、準決勝を9秒台で走ることができれば、日本選手がファイナリストになることもあるということ。その可能性が、これまで以上に高まった中で、自国開催のオリンピックを迎えると言ってよいだろう。

まずは、3名の日本代表が決まる日本選手権、そして、史上初の快挙に向けて期待が高まる東京オリンピック本番で、彼らがどんな走りを見せてくれるのか。今年の夏は、その熱い戦いに目が離せない日が続きそうだ。