柳田将洋:小学生時代から磨かれた天性のプロ意識。男子バレーボール代表主将が誕生するまでの軌跡【アスリートの原点】

3年間の海外移籍を経て2020年6月に古巣に復帰

文: オリンピックチャンネル編集部

3年間の海外修行を経て6月にVリーグのサントリーサンバーズに復帰した、男子バレーボール代表主将の柳田将洋(まさひろ)。コロナ禍で思うように試合ができない現在も、子どもたちにオンライン指導を行うなど、精力的に活動している。真摯なプロフェッショナリズムの原点とは──

小5でエースとして全国制覇。以降、各年代のトップレベルでプレーし、慶應大在籍時に日本代表に初選出

バレーボール選手の両親に育てられ7歳からプレー

柳田将洋(まさひろ))は1992年7月6日に東京都江戸川区で誕生した。

両親がそれぞれバレーボールチームに所属していたことから、毎週試合の応援に行っていた息子にとって、この競技を始めることは自然な流れだった。4歳下の弟、貴洋も全日本中学選手権や全国高等学校総合体育大会(インターハイ)で活躍し、中央大学卒業後はイタリアでプレー。まさに正真正銘のバレーボール一家といえよう。

ところが7歳のころ、とあるチームの練習見学に行くと、スパルタコーチが声を荒げ、椅子を放り投げながら熱血指導を行う光景を目にしてしまった。この体験がトラウマとなり、一度はバレーをやることを諦めたという。

それでも、やはりバレー一家の血がそうさせたのか、半年後には友人に誘われ別の名門チーム「小岩クラブ」に入部。週5日の練習に通いながら、休憩時間には宿題をこなし、文武両道を体現した。このころから今につながる競技への意識の高さとストイックな一面をあらわにしており、チームを率いた佐藤昭江監督も「自ら練習する子は初めてだった」と後述している。

小学5年生時にエースとして全国制覇を果たしてからは未来の日本代表候補として注目される存在となったが、母は謙虚な姿勢を持ち続ける大切さを説いたという。

安田中学校では「考えるバレーボール」の楽しさに気づき、さらに競技にのめり込むと、中学の先輩たちが多数入学していた東洋高校に進学。持ち前のリーダーシップを発揮して積極的に居残り練習にも励み、2010年、2年次の春高バレー(全国高等学校バレーボール選抜優勝大会)に主将として出場しチームを頂点に導いた。

2015年W杯では主力として活躍。社会人1年目で6位躍進の原動力となり、Vリーグでも最優秀新人賞に輝いた

大学3年次の日本代表初選出を経てVリーグ入り

それでも、まだ将来の進路については悩みがあったという。バレーボール1本で生きていく決意を固められぬまま、就職のために勉学も手は抜きたくないと考えていた柳田は、慶應義塾大学へと進んだ。

大学3年次には迷いはなくなった。2013年に日本代表に初選出され、翌年の6月には東京五輪の強化指定選手であるTeam COREメンバーに選出された。そんな折に、2014年10月にサントリーサンバーズから声がかかり、晴れてVリーガーとなった。

2015年のワールドカップでは石川祐希とともに男子日本代表"龍神NIPPON"の6位躍進に貢献すると、2017年にはプロ契約選手として海外挑戦を決断。ドイツ、ポーランドでの3年間の武者修行を経て、一回りも二回りも大きくなった。

そして、コロナ禍によるドイツリーグ中断で2020年4月に日本帰国を余儀なくされたものの、延期された東京五輪を見据え、古巣であるサンバーズ所属として4季ぶりのVリーグ復帰を選んだ。実力派の外国人選手も擁するVリーグは、決して海外に劣らない環境であるからこその選択だったという。

コロナ禍でVリーグが中断中の(2020年8月4日)現在も、ツイッターやインスタグラムなどをフル活用し、オンラインで子どもたちへの指導も行う。常に自分の現在地を見つめ、未来を描きながら今できることに取り組む。頼れるキャプテンは、経験と知識に裏打ちされた圧倒的な実力で、日本男子バレーを復活へと導く。

選手プロフィール

  • 柳田将洋(やなぎだ・まさひろ)
  • バレーボール選手
  • 生年月日:1992年7月6日
  • 出身地:東京都江戸川区
  • 身長/体重:186センチ/79キロ
  • 血液型:O型
  • 出身校:安田中(東京)→東洋高(東京)→慶應大(東京)
  • 所属:サントリーサンバーズ 
  • オリンピックの経験:なし
  • ツイッター(Twitter):Yanagida Masahiro 柳田 将洋(@y_masaaaa_yk)
  • インスタグラム(Instagram):柳田 将洋 Yanagida Masahiro(@masahiro.8.0706)

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