山本幸平:マウンテンバイク文化の発展にも力を注ぐ男は、集大成となる4度目の五輪に挑む【アスリートの原点】

高校3年生の時にスイスで初めて世界大会を経験
文: オリンピックチャンネル編集部

山本幸平は2020年11月に日本選手権、2度目の6連覇を達成したように、日本マウンテンバイク(MTB)界の先駆者として君臨し続ける。東京五輪は4度目のオリンピックであり集大成でもある。競技力向上はもちろん、セカンドキャリアを見据えたヤマモトアスリートファームの設立など、精力的に動く男の原点とは。

オリンピックは4大会連続の出場。東京五輪は自身の集大成の舞台と位置づけている

兄とともに自転車で野山を駆けめぐっていた幼少期

山本幸平は1985年8月20日に北海道足寄町で産声をあげた。十勝地方の雄大な自然に囲まれて育ち、遊びといえばもっぱら外遊び。室内で過ごすことはほとんどなかったという。

実は3歳上の兄・和弘さんもかつてマウンテン(以下MTB)のプロライダーとして数々のレースに参戦した経歴を持つ。その兄と、兄の友人とともにいつも日が暮れるまで自転車に乗って遊んでいた。平坦な道を走るだけでなく、土手を乗り越えたり、ジャンプやウィリー走行などに挑戦したりする日々。両親が買ってくれた愛車にまたがって毎日野山を走り、遊びのなかでごく自然とクロスカントリーの技術を磨いていった。小学4年生で初めて大会に参加した時と同じく、日本MTB界のトップとして君臨する今でも、楽しむことを忘れずに自転車に乗っている点が強みの一つだろう。

中学校に上がると卓球部に入り、北海道という地域柄、スキーやスピードスケートなどのウィンタースポーツにも親しんだが、それでもMTBは決して飽きることがなかった。高校時代は通学で片道12キロを毎日走破し、毎週末のように、兄とともに北海道内で開催されるさまざまなレースに参加して経験を積んでいった。

そして高校3年生の時、初めて世界選手権のジュニアクラスに出場するためスイスを訪れたことがターニングポイントになる。観客の熱狂ぶりや、練習コースの豊富さ、そして選手のレベルの高さを肌で感じ、MTBで頂点を目指すならば海外に出なければならないと痛感したという。

大きな気づきを得て日本に戻った山本は、高校卒業後に国際自然環境アウトドア専門学校へ進学して、アウトドアスポーツ学科マウンテンバイクコースの1期生としてプロになるための準備を整え、卒業後すぐに武者修行のため再び海外へ渡った。

アジア選手権大会は2009年から計10度の優勝を経験(左端)。東京五輪では8位以内の成績を目指す

4度目のオリンピックで目指すは8位以内

もはや国内ではライバルがいないほど圧倒的な存在へと成長し、2008年にはオリンピック初出場を果たす。北京五輪の結果は46位とふるわなかったが、その4年後のロンドン五輪では27位、そしてリオデジャネイロ五輪では21位と、年齢を重ねていくごとに、確実に順位を上げてきた。

一方で挫折もあった。2014年5月にはオーストラリアで行われたレース中に落車し、鎖骨脱臼と胸骨の剥離骨折を経験。身体の軸を担う部分を負傷してしまったことにより、本来の走りを取り戻すために想像以上の時間を要し、2014年7月には初めて日本選手権で敗れ、レース後は悔しさにまみれた。ただ、2位に終わり同大会の連覇はいったん6で途絶えたものの、競技をやめたいと思ったことは一度もなかったという。「世界で10位以内に入りたい」という強い気持ちで走り続けてきた。その気持ちで2020年、2度目の日本選手権6連覇を成し遂げた。

東京五輪の開催が決まってからは、自国のMTB文化の発展に注力したいという思いを強めた。2017年には元トライアスロン選手の田中敬子さんと結婚し、翌年には長女が誕生するなど、プライベートの変化も大きかった。2018年にトラック種目の新田祐大が率いる自転車チーム「Dream Seeker」内にMTBチームを立ち上げ、スポンサー探しにも奔走。2020年の夏には引退後のキャリアを考え「ヤマモトアスリートファーム」を設立し、自転車競技の普及活動や強化活動に加え、オリジナルコーヒーのオンライン販売も行っている。自身のツイッターでも宣伝し、売上の一部は若手選手の強化のための活動資金にあてるなど実業家としても才能を発揮中だ。

「東京五輪を最後に現役を引退する」と公言している。最後のオリンピックで目標に掲げるのは8位以内に入り、MTB界に恩返しすること。自転車に魅せられた男はたくさんの人の思いをのせて、走り続ける。

選手プロフィール

  • 山本幸平(やまもと・こうへい)
  • 自転車男子マウンテンバイク選手
  • 生年月日:1985年8月20日
  • 出身地:北海道足寄町
  • 身長/体重:182センチ/68キロ
  • 出身校:札内北小(北海道)→札内東中(北海道)→帯広農高(北海道)→国際自然環境アウトドア専門学校(新潟)
  • 所属:Dream Seeker MTB Racing Team
  • オリンピックの経験:北京五輪46位、ロンドン五輪27位、リオデジャネイロ五輪21位
  • ツイッター(Twitter):Kohei Yamamoto(@KOHEY55)
  • インスタグラム(Instagram):Kohei Yamamoto(@kohey55)

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