一度は回避した伊調馨との勝負。リベンジを果たし、レスリング女子の川井梨紗子が東京五輪へ【代表内定物語】

小学生のころから憧れた絶対女王の伊調馨と熾烈な代表争い

文: オリンピックチャンネル編集部

レスリング女子57キロ級の東京五輪代表争いは、史上稀に見る激闘だった。オリンピック4連覇中の絶対女王の伊調馨(いちょう・かおり)と、リオデジャネイロ五輪では階級を上げて金メダルを獲得した川井梨紗子。激闘の末に本命階級で切符を手にした川井は、尊敬と感謝の思いを抱いて東京五輪に挑む。

長い間ライバル関係を展開してきた川井梨紗子(左)と伊調馨(右)。東京五輪行きを手にしたのは川井だった

「ビッグポイント」ルールでプレーオフを制した川井

2019年7月、世界選手権レスリング代表を決めるべく行われたプレーオフ。なかでも最も注目を集めたのが女子57キロ級だった。

激突したのは伊調馨(いちょう・かおり)と川井梨紗子だ。伊調は2018年12月に行われた天皇杯全日本選手権優勝者で、オリンピックでは女子個人種目で史上初の4連覇を達成している絶対女王だ。一方の川井は、2019年6月の明治杯全日本選抜選手権を制し、代表決定を最終選考のプレーオフまでもつれ込ませた。川井はリオデジャネイロ五輪の63キロ級金メダリストであり、直近の世界選手権を含めて3連覇中だった。

伊調と川井、どちらが世界選手権の代表に内定してもメダル獲得は有力と見られていた。つまり、このプレーオフさえ勝てば、世界選手権の3位以上に与えられる東京五輪代表権もほぼ手中に収めたと言える状況だったのだ。両者の最終決着は試合数日前から新聞や雑誌、テレビが特集を組むほど注目を集めた。

スコアは3−3の同点。勝敗を分けたのは、累計点よりも1回での獲得点の大きさが優先される「ビッグポイント」ルールだった。川井は3−2とリードしていた残り10秒から伊調の猛烈な攻撃を受けたが、その実、冷静だった。残り3秒となったところで足を取られたものの、時間を使うように場外に押し出されていった。この結果、1ポイントを3回取った伊調に対し、川井は2ポイントと1ポイントが1回ずつで「ビッグポイント」の差が決着戦の雌雄を決めた。

元日本代表でもある母の初江さんと、セコンドについていた62キロ級代表の妹の友香子の声を聞きながら死闘を制した川井は、涙で顔を濡らした。

2019年7月、世界選手権レスリング代表を決めるプレーオフの激戦を制したのは川井(奥)だった

伊調との対決を避け、63キロ級に転向したリオ五輪

川井の前には長らく、伊調と吉田沙保里という2人のレジェンドが立ちはだかってきた。

2012年、至学館高校3年生だった川井は51キロ級で世界選手権初出場を飾って7位に食い込む。同年12月の全日本選手権から55キロ級に転向した。しかし、この階級には五輪3連覇中だった吉田がおり、その壁は厚かった。

「霊長類最強女子」と称される吉田を避けるように2014年から58キロ級に変更すると、今度はオリンピック3連覇中の伊調が階級を下げてきた。当時の川井は上り坂で、世界ランク2位まで一気に駆け上がったが、伊調の強さは別格だった。6月の全日本選抜選手権は0−4、12月の全日本選手権は0−6と、たった1ポイントも奪えずに完敗した。

リオデジャネイロ五輪を見据えた時、当時の栄和人監督から63キロ級への転向を勧められた。川井は葛藤した。伊調には連敗を喫していたものの、試合内容を見れば自分のほうが攻めの姿勢を見せており、勝機はあると感じていたからだ。ともに至学館の寮で生活していた妹の友香子は、川井が涙を流しながら先輩や母親に相談する姿を何度も見てきた。

最終的に川井はオリンピックの舞台を踏むために自らを奮いたたせ、新たな道を選ぶ。2015年の世界選手権で2位に入り、リオデジャネイロ五輪の出場権を獲得する。初めてのオリンピックでは見事金メダルを獲得し、「また馨さんに挑戦して次は勝ちたい」と宣言した。

一方の伊調は58キロ級で金メダルを獲得し、オリンピック4連覇を達成。2人の女王によるライバル関係は4年後の東京へと続いていくことになった。

川井(右)は2019年6月の全日本選抜選手権の決勝でも「いつか超えなければならない存在」の伊調(左)を下していた

馨さんとの戦いで精神的に強くなれた」と川井

リオデジャネイロ五輪で頂点に立っても、川井が満足しきれなかった理由──それが伊調の存在だった。

女子レスリングがオリンピック種目に採用されたのは川井が小学生の時。アテネ五輪で金メダリストになる直前の伊調と一緒に記念写真を撮ったこともある。川井にとって伊調は憧れであり、「いつか超えなければならない存在」だと認識していた。だからこそ、リオデジャネイロ五輪での階級変更は伊調からの“逃げ”であり、時間が経っても悔しさが残り続けていた。

伊調はリオデジャネイロ五輪の後、パワハラ問題等もあり、一時は競技から離れていた。それでも2018年秋に復帰すると、約2年のブランクを感じさせず、12月の全日本選手権で川井を破って優勝を果たす。予選では伊調を下した川井だが、決勝という大一番で復帰後わずか2カ月の伊調に敗れたショックは大きく、レスリングをやめることも考えたという。しかし、家族や周囲の支えもあり、川井は再び意欲を取り戻した。

前述のとおり、プレーオフを制して世界選手権代表の座を手にした川井は、「馨さんに勝って世界で負けていては何にもならない」という言葉のとおり、初戦から攻めの姿勢を崩さず、金メダルを獲得。東京五輪代表に内定した。試合後、号泣しながら喜びを表した川井は、「馨さんとの戦いで精神的に強くなれたと思う」と尊敬する先輩に感謝した。一方、オリンピック5連覇の道を断たれた伊調は、「やるべきことをやったので、悔しいけど悔いはない。梨紗子が強かった」と川井の実力を認めた。

日本のレスリング史に残る激闘を繰り広げた2人の女王。川井は伊調の想いも背負って、東京五輪のマットに立つ。

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